第42話 待遇

 ジンがいつものように試合開始前の控室で準備を行っていた。ジンに用意された控室は最初に試合を行った時のよりも遥かに広く、清潔だった。そして今回試合を行う闘技場も最初の時より広い場所となっている。

 その他にも浴槽を借りることができたり、その他、有料のものもあるがオプションをつけられる。無駄遣いができるほど金銭に余裕はないので、ジンは無料のものだけを贅沢に使用して、今ここにいる。

 これから戦いで身を汚すというのに風呂に入ったし、死ぬかもしれないのに料理を注文してしまった。ただこれだけの好待遇を受けられるのもこの短期間で勝ち続け、それが認められた結果だ。

 容赦なく急所を攻撃し、華麗な技は無く、逆にずる汚い。

 そのような戦い方であるためファンは獲得できないが、一部の変態が熱狂的な信奉者としてジンを応援している。相も変わらず、その応援は怨嗟から賞賛まで様々だ。基本的にはネガティブなものの方が多い。

 だが仕方ない。

 誰だって自分が応援していた剣闘士がよく分からないノーブンに惨たらしく殺されれば恨みを持つ。ジンが今、このような状況に置かれているのは仕方のないことだった。

 ただ、そのおかげで剣闘士としての名声が広まっているので金稼ぎには持ってこいだ。


「時間です」

「分かった、ありがとう」

 

 試合開始まで残り少しというところ、係員に呼ばれジンは部屋を後にする。

 試合が行われる舞台の袖にはいつも通り、バーンズの姿が見える。彼はジンを見ると軽く手をあげて近くに呼ぶ。いつもならば少し離れた距離で一言二言会話を交わすのみ。それでいてバーンズはいつも笑みを浮かべている。

 しかし今日はバーンズの表情に笑みは見られなかった。

 何かがおかしいと思いつつもジンからは問わず、ただ近づいた。


「試合前に呼び止めてすまなかったな」

「別にいい」

「ジン……今回試合をセッティングしたのは俺だ。お前なら勝てるとは思うが、色々と思うところがあるだろう」


 基本的にジンは対戦相手のことを何も知らない。というより調べない。

 バーンズが試合を組み、ジンはただただ予定時刻通りに試合を始めるだけだ。

 だから今日も、対戦相手のことをジンは知らなかった。


「試合が終わった後、俺を好きなだけ殴って貰って構わない」

「何言ってんだ?」

 

 突然おかしなことを言い始めたバーンズにジンは首を傾げる。

 しかしバーンズは気に留めずに弁明を続けた。


「お前の対戦相手を決めたのはこの闘技場の運営だ。どうやら、お前のことをよっぽど嫌ってるらしい」

「強い剣闘士でも送って来たのか?」

「いや違う。だが胸糞わりぃ」

「なんだ」

「お前は……」


 その時、ジンの名前が呼ばれる。

 今回はいつもと異なり、ジンが先に入場するのではなく、相手が先に入場している。

 

「すまん。もう行く」


 小走りでゲートのところまで行ってジンが待機する。

 すぐに分厚い鉄の扉が開かれた。

 開いていくゲートの下部から光が差し込み、部屋を僅かに明るく照らす。歓声が大きくなる。

 完全にゲートが開かれた時、ジンはバーンズの言葉の意図を理解した。


(そういうことか……)


 闘技場内には6名ほどのノーブンの姿があった。

 全員が布切れのような防具で、刃こぼれのある直剣を握り締めている。プライドなのだろう。

 たとえ相手が6名であろうと、相手がノーブンであり、装備も満足でない以上、負けるはずがない。運営もそのことが分かっている。分かっていて、この試合を組んだ。

 ジンに対して同属殺しをさせるつもりらしい。

 厳密にはノーブンという括りで括られているだけで、出身の惑星が異なることがほとんどなのだが、やはり見た目が似ているという理由でノーブンは自らを一つのコミュニティとして認識し、他の種族に対して排他的になる傾向にある。

 そのような、同族意識が無意識に刻まれたノーブン同士を殺し合わせる。

 悪辣というほかない。


 闘技場の中心へと向かって歩くジンに浴びせられる言葉の質も前より悪いように感じる。送られる視線も、場を包み込む雰囲気も、いつもジンが浴びているものより遥かに悪辣。

 バーンズとてこのような試合が組まされることが分かっていれば、やめるように言ってきたはず。だとすると、試合開始直前に対戦相手の発表をした可能性がある。そうすれば、すでに賭けは行われているので辞退はできなくなる。

  

 嫌われれば嫌われるほど良いと、そう考えて試合を行ってきたが、どうやら、予想以上に、悪い方向に力が働いてしまったらしい。さすがにこのような試合を組まれるのは嫌われ過ぎている。

 この惑星の大部分をガンガール族で占めているからこその扱い。

 ノーブンであるジンがガンガール族の剣闘士を殺すことがよっぽど彼らの癪に障ったらしい。


「ほんと、変わらねえな」


 惑星ペースウッドでノーブンの悪辣さは飽きるほど見てきた。

 ガンガール族の悪辣さを特別避難する気にはなれない。ただ、種族がここまで違くとも考えることは同じ、心の奥底に潜む悪辣さは同じ。知的生命体の宿命というべきか。


「この程度か」


 ジンは闘技場の中でも一番に目立つ客席の方を挑発的に見た。

 その瞬間、試合開始の合図があった。


 ジンが闘技場に現れる前までは怯えていた6名のノーブン。

 対戦相手が子供のノーブンただ一人と分かると怯えは消え去り、目に希望の光が灯っている。刃こぼれだらけの直剣をジンに向け、振り上げる、あるいは突き出す。だが栄養が足りておらず体に力が入らないのか、その動きは怠慢そのもの。

 一番先頭を威勢よく走って来たノーブンは直剣を振り上げた瞬間に、短剣が脳天に突き刺さった。


 糸が切れたように直剣を振り上げたままこと切れるノーブン。その頭部に突き刺さった短剣を抜き取って、ジンがすぐ近くにいた者の首に差し込んだ。短剣は喉を貫通して後ろから突き出る。

 男の喉元に短剣が突き刺さったまま短剣から手を離した。

 そして男の持っていた刃こぼれだらけの直剣を奪い取って、柄の部分を蹴って弾き飛ばす。一直線に飛んでいった直剣は一人のノーブンの腹に突き刺さった。


 計3名を一瞬に仕留めきり、残り3名が想像と異なる事態に戸惑い体を硬直させる。

 

 相手がノーブンであろうと、相手が同族であろうと、たとえ女子供であろうと、ペースウッドでしてきたように、ジンはためらいなく殺せる。こんなことよりも凄惨なことをジンはしてきた。

 今更ノーブン6名を虐殺しろと言われてもどうってことない。

 強い剣闘士の相手をするよりマシ、というだけだ。


「……」


 死体の喉に突き刺さったままの短剣を抜き取る。

 しっかりと握り締め、振って血を払い。

 そしてようやく、ジンは無言のまま少し離れた場所で待機している3名のノーブンを見据えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る