元ヒーロー
すべてが終わり、刻まれた記憶はただ優しく胸に残るだけ。かつては魔王を倒し、新たな神となった双子の英雄――だが今、彼は再び人として暮らしている。 彼の名はサイ。前世では魔法創造の神だったが、今はただの人間。その心を動かすのは、ライラへの深い“愛”だけだった。
夕暮れの学園の庭。古木の下に腰かけたサイの耳元で、知らない少女の声が静かに響く。
「ねえ、サイ。元気にしてる?」
少女はそっと隣に腰を下ろす。その目はどこか懐かしい――胸の奥がざわめくほどに。
サイは息を呑み、重い口を開く。「君は……誰ですか?」
その問いに少女は静かに笑った。髪の奥に隠された小さな角が、かすかに揺れていた。
「僕の記憶では目立たない存在だったから、覚えていないのも当然かもしれない。でも……私は、あなたのそばにずっといた、かつての“封印”よ。」
ゆっくりと空を見上げる。その声は甘く、しかしどこか切ない。
「私は……エリサ。あなたが前世で封じた“呪印”の一部。あれは、魔王を滅ぼした時、あなたが失った力の残滓だった。」
驚きと混乱――サイの心臓は音を立てて揺れる。
「ライラが第1の封印。そして今、私は第2の封印……でも、あなたを守るためにここにいるの。」
エリサは夕陽の中、静かに立ち上がった。
「そろそろ、私は消える。けれど忘れないで。私はいつだって、あなたの片割れ――たとえ誰から憎まれてもね。」
そして彼女は風に溶けるように――消え去った。
サイは地響く思いを抱えて道を急いだ。学園の塔の上で、ライラが彼を待っている――あの約束の場所へ。
途中、花屋の前を通ると、友人のサンが微笑みかけた。
「おい、サイ。花を買いに?誰かに渡すのかい?」
サイは一瞬、記憶を散らすように頭をかく。
「……うん。忘れちゃいけない約束があるんだ。」
慌てて駆け抜けるサイを、サンは笑顔で見送った。
学園の廊下では、教科書を抱えたマナ――前世では息子だった少女――がひょいと現れる。
「サイ、どうした?慌てた様子だね。」
サイは微かに笑い、言葉少なに「事情があってね」と告げる。
マナは何か知っているような……でも今はただ、そっと微笑み返す。
(いつか本当のことを伝えよう……でも、今じゃない)
塔の上で、ライラの背を追いながら駆け出すサイ。
「ライラ!」
その声に振り返り、ライラは笑顔と涙を携えた。
サイは言葉よりも行動で伝えた。抱きしめ、震える声で……。
「ライラ。覚えてるかい?君と僕が分かれる運命だった日々――でも今、すべてが蘇ってきた。君と僕のすべてが。」
ライラはその胸の中で、やわらかな息を落ち着ける。
「ありがとう……私を探してくれて。そして、リリンのことも忘れないでくれて。」
「リリンも大事な家族だ。僕ら三人が再び一緒になれる道を、僕は選ぶよ。」
ライラは頷き、サイの髪をそっと撫でる。
「もし...私が消えてしまっても、あなたは私を見つけてくれる?」
サイは迷わず答えた。
「もちろんだ。世界の果てまでだって、君もリリンも。君たちは僕の一部だから。」
その時、リリンが現れた。泣きながら、でも笑顔で最高に美しい。
ライラは微笑み、誘うように頬杖をついた。
「来て、リリン。大丈夫。約束通り、私たちは家族になるんだから。」
リリンは立ち上がる。疲れた顔には、深い安堵の色。
「ありがとう、サイ。あなたのおかげで、私は強くなれた。出会った時の私は…ただの少女だったけれど、今は…。」
サイはリリンを強く抱きしめた。ライラもすぐそばで二人を包み込む。
遠くで、月明かりのようにひっそりと、エリサが見守っていた。
「彼らなら大丈夫……私はただの片割れ。けれど、その笑顔を守るために、私はここにいる。」
彼女は満足そうに目を閉じると、ひらりとその場を去った。
リリンと共に過ごすひととき。木漏れ日の下で、ふと呟いた。
「サイって、どうして普通の人間になったの?」
リリンの問いに、サイは空を見上げた。
「それは……愛のためさ。ただの力や運命より、君たちとの時間が何よりも大切だから。」
リリンは小さく笑い、ライラも隣で頷いた。
「私たちがいるから…パパ、安心して?」
「もちろん――ずっと、一緒にいよう。」
――命は広大で、掴み切れないほどに深い。 だが、愛する者の手を握れば、すべてがつながる。 タカゲ・タクオとして、そしてサイとして。 彼は、人としての幸せと光を手にしている。
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