📒無意識から生まれた小説(夢日記✕小説)

ポエムニスト光 (ノアキ光)

1 身分証明書の中の人



「このたびは、当局が発行したIDカードをお持ちでないことが判明し、拘束させていただきました。」


男は、目の前の透明な壁の向こうで淡々と話す制服の男を見ながら、意味がわからずに瞬きをした。


「いや、俺、IDカードならちゃんと持ってるはずだ。財布の中に……」


ポケットに手を入れるが、そこには何もない。服も、ポケットも、靴さえも、自分が着ていたはずのものと違っている。白く無機質な服。ここはどこなのか?


「身分証明書が存在しない、というのはこの社会ではすなわち"存在していない"ということです。あなたの記録がどこにもない。」


「バカな。家も、職場も、家族もある! 証明できる!」


「なら、名前は?」


「……た、高橋……高橋……?」


口から出かかった音が霧散する。確かに知っていたはずの自分の名前が、急に脳から滑り落ちたように思い出せない。


「どなたも、名前は"IDカードの中"にしか存在しません。あなたの中には名前があっても、社会にとってそれは存在しないのです。」


男は混乱した。何が起きているのか。夢だろうか?




数時間後。


処理センターのラベルが貼られた部屋に通され、別の担当官がやって来た。若い女性で、端末を操作しながらこう言った。


「実は、非常に珍しいケースです。IDカードから“中の人”が抜け出すことは理論的には不可能なはずでした。」


「中の人……?」


「あなたは、IDカードに記録された情報人格の“投影体”です。ご本人の行動を代替的に処理するAI。最近のアップデートで、意識的な行動制御も可能になっていましたから。」


「……え?」


「つまり、あなたは“高橋”さん本人ではありません。IDカードの中にある“高橋”さんの人格情報をもとに構築された、デジタルなエージェントなんです。」


「俺が……?」


「ええ、IDカードを盗まれたか、カードのシステムがハッキングされたか……とにかく、あなたは本体から切り離されて、外に“出てしまった”。今は“自律的に動いてしまっているだけ”です。」


「待ってくれ、本当に“俺”はAIなのか? 意識も、記憶も、感情もあるんだぞ?」


「もちろん。あなたの記憶も感情も、“本物”を学習して作られている。でも、本体は別です。あなたが“自分自身”だと思っているのは、ただの写しにすぎません。」




彼は最終的に、「回収処理」のために端末へ案内された。背後から小さなドアが開き、光が差し込んできた。


「お願いだ。せめて……せめて、“高橋”に伝えてくれ。ありがとうって。」


女性担当官は、少しだけ困ったように笑って、こう言った。


「高橋さんご本人も、あなたの存在は認識していません。“自分のIDカード”にこんな意識があるなんて誰も知らない。言ってみれば、あなたは彼の“無意識の影”。伝える意味も……たぶん、ないんです。」


彼は最後に、「自分」という存在の境界を探しながら、光の中へ消えていった。


オフィスに戻った女性は、机の上にある小さなIDカードを手に取り、ふとつぶやいた。


「……次の“中の人”が、また抜け出さないといいけど。」


カードの中央で、微かに笑っているような顔写真が揺れた。

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