第6話 思考量と彼女の熱意

「―――というわけで、序盤の《ワイルド・ボア》に《森の加護》を切らされたのが敗因かな」

 対戦が終わって、俺と田花さんは感想戦というものをしていた。対戦の内容を思い返して、勝敗を分けた箇所を話し合ったりするらしい。

「あの場面で《ソニック・リザード》を差し出すのは完全に悪手でしたからな。素直に相打ちでも良かったかもしれません」

「でも、このデッキってまともな打点を出せるユニットが他にいなくて、《メタリック・アント》を除去されるとバフが消えて打点が細くなるから、サイズが優秀な《ワイルド・ボア》を使い潰すのも勿体なかったんだよね……そのせいで《デザート・ストーム・ドラゴン》の能力を防げなかったんだけど」

「それ以前に、普通に除去を撃たれてしまいましたからな」

「《森の加護》を持ってればケアする選択肢もあったけど、なかったからテンポ重視で最速ぶっぱ一択だったからね……《デザート・ストーム・ドラゴン》だけなら、先手の分除去が間に合わないはずだし。後は《二連刺突》がきつかったかな」

「《二連刺突》はあのデッキで採用できる数少ない複数除去ですからな。単体のユニットはリーダーの能力で処理できるとはいえ、横並びに耐性がないので自由枠に入ることが多いですぞ」

「でも基本ピン差しだし、どの道ケアしてる余裕がないからね……」

 田花兄妹があーでもないこーでもないと言い合っている。というか、よくゲーム展開覚えてるな……。

「神谷氏はどうですかな? 何か思ったことなどは?」

 すると、九朗さんが俺にそう尋ねてくる。二人だけで喋っていたから、俺も会話に参加させようとしてくれてるのだろう。

「えっと……そもそも《メタリック・アント》が《デザート・ストーム・ドラゴン》に不利って本当なのかなって」

 だから俺は、思っていたことを素直に言ってみた。……二人はそんなことを言っていたけど、実際に対戦した印象ではむしろ真逆だった。勝てたのは運が良かったからとしか思えない。

「対戦してて、滅茶苦茶きつかったし。正直、相性悪いと思ってたんだけど……」

「あー……確かに、さっきの対戦だけ見てたらそういう感想になるのも仕方ないかも」

 俺の言葉に、田花さんが納得したように頷いた。

「《メタリック・アント》って浮遊ユニットが《ライト・ビー》しかなくて、除去も枚数取れないから、浮遊ユニットに滅法弱いんだよね」

「しかもユニットの横並べに特化している分、サイズは貧弱ですからな。そこを補強している《メタリック・アント》を処理されると一気にサイズ負けしてしまいますな」

「リーダーの性能的に、《デザート・ストーム・ドラゴン》はその両方の点で厳しいんだよね……こっちが先手ならライフレースで先行できるチャンスがあるから、そこまで不利ってわけでもないんだけど」

 そして、そうやって色々解説してくれる。なるほど……つまり、リーダーへの依存度が高い《メタリック・アント》デッキは、それを除去する上に浮遊を持つ《デザート・ストーム・ドラゴン》が苦手、ということか。

「後は、ちょっとライフを大事にしすぎてたから、余計にそう思うのかも。序盤で《ソニック・リザード》で差し出したところとか」

「確かに、そのせいで大切なアタッカーを失いましたからな。とはいえ、そこが逆に勝因になっているのが難しいところ」

「ライフを大事にしすぎ……?」

 確か、《ソニック・リザード》で《ワイルド・ボア》の攻撃を防いで、《森の加護》で一方的に討ち取られたんだったか。でも、あの時はライフが危ないと思ったから防いだんだけど、何かおかしかったんだろうか?

「あの場面はまだ殆どライフが削れてなかったし、《ワイルド・ボア》の攻撃が通っても大したダメージにならなかったから、あそこでアタッカーの《ソニック・リザード》を差し出したのは勿体なかったかなって」

「ライフ管理は経験が出ますからな。初心者はライフを大事にしすぎてアタッカーを防御に回して失いがちですな」

「なるほど……」

 あの時はライフを削られるのが嫌で《ソニック・リザード》を差し出し防ごうとしたけど、それは俺がビビりすぎたということか。

「ウラノスはライフが1でも残っていれば負けにならないのですから、必要以上にライフを守ろうとするのは良くないですぞ。それよりはアタッカーを残して、積極的にライフを削ったほうが結果的に勝ちやすいですからな。攻撃は最大の防御とも言いますし」

 ライフが1でも残っていれば負けない、というのは確かにそうだ。それならば、必要以上にライフを守って攻め手を欠くほうが敗北に直結しやすいだろう。

「でも、そこも相手次第ではあるんだよね……《メタリック・アント》も結構打点が大きいからライフを大事にしたい対面ではあるし。とはいっても、守勢に回るのは《メタリック・アント》が出てバフが乗ってからでも良かったとは思うけど」

「しかし結局、あの場面で《ワイルド・ボア》を防いで《森の加護》を吐かせたことが勝ちに繋がっていますからな。どちらかと言えば、あそこは彩芽氏のプレミと言うべきかもしれませんが」

「でも、あの時はそもそも防がれるとは思ってなかったからなぁ……」

「初心者故のプレミによってプレミを誘発させられる……これもまたカードゲームの奥深さですな」

 つまり、俺がミスをしたからこそ、田花さんもそれに釣られてミスをしてしまったということか。

「それに、《ワイルド・ボア》を守れば一気に盤面有利だったし、《森の加護》を切らないっていう選択肢はないと思う」

「あの場面に限ればそうかもしれませんな。とはいえ、それが原因で後半の除去を防げなかったわけですが」

「でもでも、結局2枚目の《森の加護》が引けなかったんだから、そこは議論しても意味なくない? 向こうの《デザート・ストーム・ドラゴン》は見えてたけど、《竜の息吹》に《二連刺突》まであったんだし。例え《森の加護》を温存したとしても、相手の除去のほうが多い以上、どう足掻いても盤面と打点を維持し切れなかったと思うよ」

「となると、結論としては「長期的に見ればプレミだったかもしれないが、結果的にはそれとは関係なく負けていた」ということですな。要するに噛み合いと」

「だねー。向こうが引くべき札を引いていて、こっちが引くべき札を引けてなかった以上、道中をどれだけ検討しても負けは確定だったかな」

 そうやって議論を纏める田花兄妹。……っていうか、この二人の議論を聞いて思ったけど、もしかして。

「二人とも……まさかとは思うけど、普段からそんなに色々考えてプレイしてるの?」

 そう、俺が驚いたのは、二人の思考量の多さ。《森の加護》1枚を使ったことだけでこれだけ議論できるのもそうだし、あそこで使わなければどういうゲーム展開をしていたのかもシミュレートしていることだってそうだ。こんな、数学の難問を解くかのような複雑で大量の思考を重ねながら遊んでいるのだろうか?

「え、そうだけど?」

「ですな」

 そんな俺に、二人はあっけらかんとした様子でそう答えた。マジか……。

「それ、しんどくない……?」

 そこまで色々考えながらプレイするなんて、想像しただけで頭が疲弊してしまいそうだ。たかがカードゲームにそこまでするなんて、大変じゃないか?

「確かにしんどいかもしれないけど……でも、そこが楽しいんだよ」

 でも、田花さんは朗らかな笑みと共にそう言った。

「私、女だからさ……スポーツとかだとまず男の子に勝てないでしょ? でも、カードゲームだったら男の人相手でも対等に勝負できるから。だから―――私は頑張りたいんだ。全力で」

「田花さん……」

 そう話す田花さんは、凛としていて。でもどこか儚くて。そんな、不思議な雰囲気を纏っていた。伝わってくるのは、彼女がウラノスというカードゲームに対して真剣に向き合っているということと、そのための努力を惜しんでいないということだった。

「それに、せっかくの趣味だしね。精一杯楽しまないと損だよ」

 どこまでも真っ直ぐに、いっそ愚直なくらい、全力でウラノスに打ち込む田花さん。そんな彼女のことが、俺にはとても眩しく見えるのだった。

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