第3話 感想戦と、彼女の噂

「ありがとうございました」

 俺が敗北して。田花さんはそう言って頭を下げ、カードを片づけ始めた。

「……ありがとう、ございました」

 少し遅れて、俺もそう言って頭を下げた。……ウラノスをやるのは小学生以来だったけど、今回の対戦は当時にも経験したことがないもので、とても衝撃的だった。まず、デッキ破壊の使い手が俺の身近にはいなかった。アニメでは敵キャラが使っていることが多かったが、そこはアニメらしく何だかんだ主人公が勝つので、あまり強い戦法というイメージがなかった。

「ふぅ……どうだった? 神谷君」

 対戦中とは違い緩んだ表情で、俺に問い掛けてくる田花さん。……対戦中の、彼女の様子も凄かった。終始笑顔ではあったものの、今思えばあれは彼女なりの真剣さの現れだったのだろう。その迫力に気圧され、殺気を感じることすらあった。アニメのキャラたちとはまた違ったベクトルで、彼女は真剣勝負を挑んでくれたのだろう。

「なんていうか、その……凄かった」

 そんな彼女に、俺は語彙の乏しい返答しか出来なかった。それくらい、今回の対戦は密度が濃かったのだ。

「ちゃんと楽しめたかな……? ほら、私のデッキって正道じゃないっていうか、結構嫌われやすいデッキタイプだからさ。ほんとはあんまり初心者相手に出すべきじゃないんだろうけど……」

「楽しかったよ。すっごく」

 さっきまでとは打って変わって、申し訳なさそうな顔の田花さんに、俺は思ったことを素直に伝えた。……確かに、序盤までは押していたのに、途中から何も出来ずにそのまま負けた。でも、デッキ破壊なんて昔はアニメの中の存在だったし、実際に体験できるなんて夢のようだった。あと一歩で勝てるのに攻め落とせずに逆転されるあの展開は、芸術的だとすら感じた。あれを体験して楽しくないだなんて、口が裂けても言えなかった。

「神谷君……」

 俺の言葉に、田花さんは意外そうな顔をする。……デッキ破壊はアニメでも嫌われ者が使うデッキだった。彼女も嫌われやすいデッキだと言っていたし。だから、俺の台詞が意外だったんだろう。

「じゃあ、また一緒にウラノスやろっ!」

 そして田花さんは、顔を輝かせながら、俺の手を取ってそう言ってきた。え、ちょ、距離近……!

「デッキならまたお兄ちゃんに借りればいいし、ね? またやろ?」

「ふむ、環境デッキなら一通り揃っていますからな。いつでも貸出おっけーですぞ」

 対面の田花さんと隣の九朗さん、兄妹二人の圧がヤバい。これ、断れる雰囲気じゃなくないか?

「えっと……じゃあ、また機会があれば」

「うん、またやろうね!」

 満面の笑みでそう言ってくる田花さんに、俺は愛想笑いで誤魔化すしかないのだった。



  ◇



 ……週明けの月曜日。


「あ、神谷くーん!」

「た、田花さん……」

 休み時間。学校の廊下で、田花さんが俺を見つけて声を掛けてきた。陽キャらしく声がデカい……。

「この前振りだね! 元気してた! 今度はいつ遊ぶ!?」

「ちょ、ちょ……」

 田花さんは俺のほうに寄ってきて、やたらとハイテンションで話し掛けてくる。ボディタッチとかはないが、それでも肩と肩が触れ合いそうな距離だ。

「どしたの? テンション低くない?」

「えっと……ここ、一応廊下なんだけど」

「? うん、そうだね?」

 廊下のど真ん中で大声で話し掛けられたせいで、少なからずだが注目を浴びてしまっている。田花さんは同学年では割と有名なほうだし、そのせいもあるか。

「その、せめてもうちょっと声を抑えてくると……」

「あ、そうだよね。公共の場では静かにしないとだよね」

 俺の懇願に、田花さんは声の音量を下げてくれる。でも、結局このままだと目立つんだよな……。

「そういえば、この前は連絡先交換してなかったね。交換しとこっ」

 スマホを出して、そんなことを言い出す田花さん。立ち上がってるのはメッセージアプリだ。……これ、連絡先交換しないと駄目な流れか?

「う、うん……」

 仕方なく、俺は連絡先の交換に応じる。……よく考えたら、女子の連絡先なんて、俺には入手困難な物だ。それが手に入るのだから、棚ボタくらいに思っておいたほうがいいのかもしれない。

「じゃあ、また連絡するねー!」

 連絡先を登録すると、田花さんはそう言いながら去って行った。まるで嵐のようだな……。

「ふぅ……」

「よ、神谷」

「村田……」

 田花さんとの会話が終わって一息吐いていると、背後から友人の村田が背中を叩いてきた。彼とは小学生の頃からの付き合いで、昔一緒にウラノスで遊んだ間柄でもある。

「今の田花さんだろ? いつの間に仲良くなったんだよ?」

「いやまあ、偶然……?」

 今のやり取りを見ていたのか、村田が俺の首に腕を回してくる。なんか変な勘繰りでもされてるんだろうか? まあ、女子と話す機会が皆無な俺が、急にクラスのギャルから親しげに話し掛けられていれば、そうなるのも無理ないか。

「偶然って、そんなわけないだろ? あの田花さんと……ってことは、まさかお前、金積んだのか?」

「村田……さすがに怒るぞ?」

 村田の言葉に、俺は思わず低い声が出てしまった。……彼女の悪い噂を考えればその発言が出てくるのも予想できたが、まさかマジで口にするとは思わなかった。

「悪い悪い。……でもさ、あの田花さんだろ? 違うっていうなら、どうしたって言うんだよ?」

「それは……」

 カードショップに行ったら田花さんがウラノスに誘ってきたから。そう言えば済むんだけど、言っていいのか悩む。……カードゲームは子供の遊びというイメージが強い。この歳でやってる人間は少ないし、いても基本男子だ。女子でウラノスをやってるのなんて、小学生時代ですら少数派だったのだ。田花さんがウラノスを嗜んでいることを、俺の一存で明かしてしまっていいのだろうか?

「まあ、話したくないなら聞かないでおくが……一応、これでも心配してるんだぞ。友達が変な女に誑かされないか、さ」

「村田……」

 村田が心配しているのは、田花さんの噂についてだ。……田花さんには、実はパパ活をしているという噂がある。駅前で中年男性と腕を組んで歩いていたのを、何人かの生徒が目撃しているのだ。だからこそ、村田は心配しているのだろう。俺がパパ活女子に弄ばれていないか不安になったんだ。

「大丈夫だよ。田花さんはそんな人じゃないから」

 でも、俺はその噂に懐疑的だった。……この前一緒に遊んだ田花さんは、とても噂のようなパパ活女子には見えなかった。というか、もっと言えば噂の原因にも見当がついてる。田花さんの兄である九朗さん、彼と一緒にいるところを他の生徒に見られたんだろう。九朗さんは大学生らしいけど、とてもそうは見えない、ぶっちゃけおっさんにしか見えない外見をしている。そんな兄と一緒にいるところを見られたら、確かにパパ活をしているように勘違いされても仕方ないだろう。兄妹仲も良さそうだったから、腕を組んでいるように見えることもあったかもしれないし。

「そっか。お前が言うんならそうなんかもしれないけど……そんでも、気をつけろよ。田花さんが実は意外と善良ギャルだったとしても、他の奴らがどう思うかはまた別の話だぞ」

 そんな俺の言葉に、村田は納得しつつも注意を促してきた。……田花さん自身が白だとしても、黒い噂のある彼女と絡んでいたら、他の生徒からそういう目で見られるということか。

「大丈夫だよ。俺の友達なんて、お前くらいだからさ」

「神谷……言ってて悲しくないか?」

「めっちゃ悲しい」

 俺の言葉に、村田が思いっきり同情してきた。……昔はそれなりに友達がいたはずなんだが、学年が上がるに連れて段々縁が切れて、新しい友達を増やす努力もしてこなかった結果、残ったのは村田くらいだった。高校進学で、中学までに付き合いがあった連中と軒並み進路が分かれたのもデカかったか。

「ま、何にせよ、だ。そろそろ次の授業始まるし、教室戻るぞ」

「だな」

 村田に言われて、俺は彼と一緒に教室へと戻るのだった。

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