【完結】クラスのギャルがTCGプレイヤーだったので、紙友になった
マウンテンゴリラのマオ(MTGのマオ)
第1話 カドショで出会ったのは、クラスのギャルだったでした
「昔のTCGは高く売れる!」
きっかけは、そんな言葉だった。テレビのバラエティ番組でやっていた、昔のTCG―――トレーディングカードゲーム、或いはトレカ。それは高値で売れるという企画。それを見て、そういえば昔やっていたなと思い出し、引っ張り出してきたカードたち。それらを握り締めて、近所のカードショップなる店に行ったのが、全ての始まりだった。
「あれ? 神谷君?」
チラリと見ただけで顧客層が男性ばかりの店内で、俺―――神谷郁夫に声を掛けてきたのは、女の子だった。しかも、その子には見覚えがあった。
「田花さん……」
その子の名前は田花彩芽。同じクラスの女子で、端的に言うならギャルだった。普段は着崩した制服にバッチリメイク、緩くウェーブが掛かった黒髪を派手な色のシュシュで右側に垂らしたサイドポニー、胸元にはネックレス、爪はこれまた派手な色のマニキュアと、(陰キャの俺には)かなり近寄りがたいファッションの少女。でも今は、無地のTシャツとジーパンというラフな服装で、化粧も控え目、特徴的なサイドポニーもシュシュではなく普通のヘアゴムで留めているなど、(いつもに比べれば)かなり大人しい恰好だった。
「どうして、こんなところに……?」
俺は思わずそう問い掛けていた。彼女とはクラスが同じなだけの顔見知り程度の存在で、人となりに関しては―――少々下品で信憑性の薄い―――噂でしか知らない。それでも、カードショップに出入りしているタイプの人間には見えなかった。
「神谷君こそ、どうしてここに……って、もしかしてそれ、ウラノス?」
田花さんが、俺の持っているカードを指さして尋ねてくる。……トレーディングカードゲーム《ウラノス》。俺が小学生の頃に流行ったカードゲームで、アニメ化もされていたため、同年代の男子なら一度は触ったことがあるであろうタイトル。特徴的な裏面を見れば、知っている人なら一発で分かるだろう。
「あ、うん」
「え、もしかして神谷君もウラノスやってるの!?」
俺が頷くと、田花さんが一気に距離を詰めてきた。凄く目がキラキラしてるし、もしかして彼女もやっていたことがあるんだろうか? 確か、同年代の女子でもやっている子は一人か二人はいた気がするし。
「うん、子供の頃にね。昔のトレカは高く売れるって聞いたから、売ろうと思って持ってきたんだ」
「なぁんだ、現役じゃないのか……」
俺の答えに、田花さんはあからさまにしょんぼりしていた。……現役じゃないって、つまり田花さんは、今もウラノスで遊んでいるのか? いやいや、そんなまさか。高校生というだけならまだしも、コテコテのギャルがTCGを嗜むとは、到底思えない。
「でも、この店の買取って、未成年NGだけど、大丈夫?」
「え、そうなの?」
田花さんの言葉に、俺は思わず問い返した。
「うん。他所の店は知らないけど、少なくともここはそうだよ。保護者同伴なら大丈夫だけど、親とか一緒じゃない?」
「いや、一人だよ……」
そんなルールは知らなかったので、ここには俺一人で来た。でもそうか、お金のやり取りが発生する以上、未成年者はアウトか。それは困ったな……今から家に帰って母親を連れてくるのも面倒だし。
「あ、そうだ。うちのお兄ちゃんに頼む?」
そんな俺を見かねたのか、田花さんがそんな申し出をしてきた。
「お兄さん?」
「うん。お兄ちゃんなら成人してるから、代理で買取に出してもらうの。買取のポイントはお兄ちゃんのものになっちゃうけど……」
「それは別に構わないけど……」
どうやらカードの買取でも店のポイントがつくらしいが、俺は別にこの店に通うつもりもないし、別に問題ない。代わりに買取手続きをしてくれるなら、願ってもない。
「是非お願いするよ」
「ほんと? じゃあ、こっち来て。お兄ちゃん、こっちだから」
田花さんに手招きされて、俺は彼女の後ろをついて行った。……話を聞く感じ、お兄さんはウラノスを嗜むようだし、彼女はその付き添いでここにいるんだろうか?
「お兄ちゃーん!」
テーブルが沢山並んだスペースに入って。田花さんが、一人の男性の元へと向かう。
「ん?」
「……!」
その声に振り返った男性を見て、俺は思わず声を上げそうになった。……その男性は、まるで絵に描いたかのようなキモデブだった。俺の倍はある体の横幅、脂肪で膨れ上がった顔は皮脂のせいかテカテカと輝いている。眼鏡の奥に見える瞳の形が歪んで見えるのは、レンズの度のせいか、それとも元々の形が歪んでいるからなのか。成人しているとは聞いていたが、どう見ても三十代後半から四十代くらいの容姿をしていて、とてもお兄さんとは思えない。お父さんならまだ理解できるが。
「彩芽氏、どうかしましたかな?」
「ちょっとお願いしたいことがあるんだけど……」
「彩芽氏のお願いなら、何でも聞きますぞ」
その中年男性に、田花さんは普通に接している。……え? これほんとにお兄さんなの? 親が歳の差再婚して出来た義理の兄とかではなく?
「ほら、神谷君、こっち来て」
「う、うん……」
田花さんに呼ばれて、俺は意を決して彼らの元へ近づいた。田花さんとは別の意味で近寄りがたいお兄さんが、俺のほうに視線を向けてくる。
「えっと、こちら、同じクラスの神谷君。で、こっちが私のお兄ちゃんの田花九朗」
「よろしくですぞ」
「よ、よろしくです……」
田花さんに紹介されて、俺はお兄さん―――九朗さんと挨拶を交わす。
「田花さんのお兄さん、結構年上なんだね……」
「うん? お兄ちゃんは大学二年生だから、三つしか離れてないよ?」
田花さんにそんなことを言ってみたら、なんとお兄さんは大学生らしい。どう見てもその倍くらいの歳にしか見えない……。
「それでなんだけど……神谷君がカードを売りたいんだけど、未成年だと買取して貰えないから、代わりに買取出してきて欲しいの」
「なるほど、そういうことでしたか」
田花さんの説明に、九朗さんは腕を組んで頷いた。……っていうか、さっきから気になってたけど、九朗さんの口調もかなり癖が強いな。
「では、そのカードとやらを見せて頂いてもよろしいですかな?」
「あ、えっと……これです」
俺は、持ってきていたカードを九朗さんに手渡す。手と手が触れそうになって少しヒヤリとしたが、特に直接接触することもなかった。
「なるほど、第五弾の時期ですな」
カードを見てすぐ、九朗さんは謎の言葉を口にした。
「第五弾……?」
「比較的黎明期とはされていますが、最初期からはやや外れた時期。今が第三十弾環境なのを考えるとかなり古いですが、アニメが始まった時期なのもあって、再録と再販が多かった時期ですな」
「は、はぁ……」
詳しい説明をしてもらったけど、聞いてもちんぷんかんぷんだった。
「ふむふむ……なるほど」
そうしてしばらくカードを調べていた九朗さんだけど、顔を上げて、こう言った。
「こういうことを言うのは心苦しいのですが……正直、これらは売っても二束三文にもならないと思われますぞ」
「え、どういうことですか……?」
九朗さんに言われたことが理解できず、俺は問い返してしまった。
「まず、この第五弾は再録カードが多いですぞ。再録カードは初版に比べて、どうしても勝ちが落ちてしまうのですぞ」
「再録カード?」
「例えばこの《デザート・ドラゴン》。最初に刷られたのは第一弾ですが、第五弾でも再度収録されているのですぞ。こういった、過去に出したカードをもう一度収録することを再録と呼びますぞ。再録は初版に比べて、どうしても値段が落ちやすいですからな」
要するに、同じカードでも最初に登場したときと、もう一度収録したときとで、値段に差が出るらしい。
「しかも、第五弾自体も再販が多く、流通量が非常に多いですぞ。それもあってコレクター需要も少なく、カードそのものの性能も型落ちしている以上、最低保証価格がいいところですぞ」
「最低保証価格っていうのは……?」
「この店だと、レアカードはどんなに価値が低くても、一枚一円での買取が保証されていますぞ」
「い、一円……」
とにかく、俺のカードは売っても大した値段にならないということは理解できた。せっかく持ってきたのに……。
「ま、まあカードは値段だけじゃないから……あ、そうだ。《デザート・ドラゴン》があるってことは昔使ってたんだよね?」
俺を励まそうとしたのか、田花さんは俺の持っていたカードについて尋ねてきた。
「う、うん……一応、昔は相棒みたいな感じだったかな」
名前が挙がった《デザート・ドラゴン》。これは昔やっていたウラノスのアニメで、味方の主要キャラが採用していたカードだ。パックからこのカードが出たのが嬉しくて、当時はずっと使っていた。能力もかなり強力だったから、沢山活躍していたのを覚えている。
「このカード、最近リメイクされたんだよね。しかも今の環境だと結構いい立ち位置にいるし」
「そうですな。《デザート・ストーム・ドラゴン》はtier1.5くらいのポジションですな」
「環境……? ティア……?」
なんかよく分からない単語が出てきたけど、《デザート・ドラゴン》の強化版みたいなのが出てきて、それが強い、って解釈でいいんだろうか?
「あ、ごめん。昔やってたなら分かるかなって思ったんだけど……とりあえず、見たほうが早いかも」
「ですな。今デッキを出しますぞ」
どこか申し訳なさそうにする田花さんと、鞄を漁り始める九朗さん。やがて、九朗さんが鞄から四角い箱―――後で聞いたんだけど、ストレージというらしい―――を取り出して、その中からデッキを取り出した。
「これが《デザート・ストーム・ドラゴン》ですぞ」
九朗さんが見せてくれたカードは、砂嵐を巻き起こしながら羽ばたく地竜が描かれていた。それは、かつての
「テキストの読み方は分かるよね? 読んでみて」
「うん……え、強っ!」
促されて《デザート・ストーム・ドラゴン》のテキストを読んでみたが、そのあまりの強さに驚いた。《デザート・ドラゴン》の時点でもかなり強力だったのに、そこから更に強化されているのが分かる。今まで離れていた俺ですらすぐに分かるレベルで、だ。
「まあ、現代のスペックであればこれくらいは当然ですな。そうでなくては、今の環境で使われることはありませんぞ」
九朗さんに言われて、これがインフレって奴か、としみじみ思った。……トレーディングカードゲームは、次々と新しいカードが発売される。でも、新しいカードが弱いと誰も買わなくなるから、少しずつカードを強くしていかないといけない。それによって、後発のカードは昔のカードより強くなる傾向にあると聞いたことがあった。それがインフレである。
「ねえ、せっかくだし遊んでいかない?」
「え?」
「ウラノス。昔やってたなら、ルールは分かるんでしょ? せっかくだし、やろうよ」
時代の流れを感じていると、田花さんがそう提案してきた。
「お兄ちゃん、そのデッキ貸してあげてもいいよね?」
「勿論ですぞ。どうせなら、思い出のカードのリメイク版を使ったほうがいいはずでしょう」
「え、え……?」
戸惑っている間に、二人は準備を初めてしまう。まだやるって言ってないんだけど……。っていうか、やっぱ田花さんってウラノスやってるんだ。しかもめっちゃ乗り気だし、お兄さんの付き添いって感じではなさそうだ。
「お兄ちゃんは神谷君についててあげて。挙動の分からないカードがあるかもだし」
「分かりましたぞ。では、相手は彩芽氏が?」
「うん。自分のデッキ使うよ」
田花さんが俺の対面に座り、九朗さんが俺の隣に座る。……この人、近くにいると圧が凄いな。
「フリプだし、デッキカットは省略でいいよね。先手はそっちに譲るよ」
一通り準備をして(こちらの準備は九朗さんが手伝ってくれた)、田花さんはこう言った。
「それじゃあ―――対戦よろしくお願いします」
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