同じ男が好きなのは、ほとんど百合

 すっかり静まり返った暗がり。虫の声だけがじりじりと聞こえる場所。

 LINEの呼び出しに応じた俺は、近所の公園に来ていた。

 小さい頃なんかはよく小夏と遊んだりもしたが、もういつ以来になるんだろうか。


「――で。わざわざこんな時間を指定して何の用だよ、飾森」

「あら。か弱い女子がひとりで危ないよ、なんて言ってくれてもいいんじゃないかしら」


 ベンチで優雅に座り、月を眺めていた飾森が背中で答える。


「……か弱い?」


 俺は知り合ってから一度もお前をそんな風に思ったことないんだが。

 呆れながら飾森の正面に回って立つ。ここのベンチは狭く、ほぼ椅子なのだ。


「まあ、ひどいわ。泣いちゃいそう」

「もっと感情を込めろ。つーか、そんなの一度でも俺に負けてから言えよ」

「それもそうね。で、いつまで直立二足歩行なの? 早くお座りしなさい、負け犬」

「くぅん」


 何されるか分からないので大人しく従う。本当、何しに来たんだ俺は……。

 それから犬らしくお腹を見せて飼い主へ意を示す。なのに、


「いつまでそうしているの? ひとり遊びしていないで早く立ちなさい」

「こ、こいつ……」


 話していて改めて感じるのは、こいつと春乃先輩はよく似ているということだ。

 まともに乙女な恋愛をしてる姿が想像できないのも同じだしな。

 寝取られとも違うけど、飾森が知らない男に女の顔をしているのを見たらなんだか妙な気持ちになるのはやっぱり確かだと思う。まぁ、素直におめでとうは言えるだろうが。


「月がきれいね」

「ん? あぁ、雲一つない満月ってやつだな。それで結局、なん――」


 言いかけたその時、飾森が少し端に寄ってベンチをぽんぽんと叩いた。


「いや、狭くね?」

「興奮して帰ったら眠れなくなりそうかしら」

「なわけあるか」


 挑発と分かっていて隣に座る。飾森で興奮するなんてただの変態だからな。そして、


「――っ!?」


 腰かけた途端、ぺたりと。飾森が肩にその体重のほとんどを預けてきた。

 そのまま指先を徐々に絡めながら、時間が止まったみたいにゆっくりと吐息する。


「お、お前ねぇ……そ、そういうのは彼氏作ってそいつにやってやれよ」

「どうして?」

「ど、どうしてって……そりゃ、そっちの方が健全だからだろ。大体、こんなこと平気でしてくるやつなんて、他の男も呆れて寄り付かなくなるからダメでしょ」


 仮に俺が飾森を好きな何某君だとして、こんな場面を見たら憤死してると思う。


「あら。わたしの恋愛のこと、心配してくれるのね」

「はいはい、そーですよ。それに俺だって一応、彼女がいるんだから困る」


 誰かに見られていたらそれこそ樽沢みたいな、春乃先輩に執着した男が俺を襲いに来る可能性だってあるわけだからな。用心するに越したことはないだろう。


「それもそうね」

「なんだ、妙にあっさり……ま、まぁ分かればい――」

「ところで好きでもない先輩と付き合うのは、楽しいのかしら?」

「ん、ぐっ! はっ、はぁ? い、いや言ってる意味がよく……」


 まずい。か、完全に意表をつかれた。

 動揺と緊張で視線が泳ぎまくっているのが、自分でも理解できてしまうレベル。


「隠さなくてもいいのに。安心して。誰にも言っていないわ。まだ」


 ベンチに俺を置き去りにして立ち上がり、月を背にくるりと身をひるがえす飾森。

 全てを見透かしたような瞳で平然と脅迫してくる姿は、やっぱり悪魔的だ。


「というより隠しても無駄よ。だってあなた達が東雲さんと渡会先輩のデートを羨ましく眺めながら泣いているのを写真に収めてしまったもの。偶然」

「……なっ」


 スマホで提示された証拠には、俺と春乃先輩がばっちり映っていた。

 しかも動画である。お出かけを尾行したあの日、商業施設を出てから泣き崩れてキスをするまでの一部始終だ。確かにあの時は、周りに注意を払えてなかったが……。


「まっ、待て。お前がひとりで出歩いてるのは考えづらい。柚本も知ってるのか、これ」

「知らないわ。直前まで一緒にいたのは事実だけれど。まぁ、仮に秋那がこの場にいてもされるがまま放心するか、自力で記憶を飛ばすかの二択でしょうね」

「そ、そうか……」


 いやそうかではないがっ!? こ、これどう対処すべきなんだ……。

 こいつがこんなものを出してきたということは、スマホを奪った程度ではもうどうにもならない状況まで、俺は追い込まれているのと同じ意味なのだ。

 脂汗が頬を伝う。心臓が激しく脈を打つ。壊れた脳みそは当然、正常に働かない。


「な、なにが目的なんだ……? いったい、俺にどうしろんぐぅっ!?」


 優しい感触が唇を包み込み、身体があっという間に硬直する。

 微笑を浮かべる飾森は、俺の首の後ろに両手を回し、膝上に乗って深くキスをした。


「ちょ、おまっ、な――……」

「わたし、ずっと前からあなたが好き。いっぱいいっぱい好き。愛してます」


 苦しそうに息継ぎをし、真っ直ぐ俺を見つめるとろけきった双眸は、そんな甘ったるいセリフを吐いてくる。こんな、こんなか弱い飾森を……俺は知らない。

 知り合ってもう三年になる。なのに、一度も見たことのない彼女がそこにいた。


「……ぇ? はっ、え?」

「だから、どうか。わたしと――――お付き合いしてください」


 息を吸い、口を動かそうとすればまた柔らかい唇で思考もろとも塞がれてしまう。


「はい以外、聞きたくないわ……」

「!」


 正直、心の底からドキリとした。普段あれだけ理不尽な言動を繰り返すくせして、ここ一番でしおらしくなられると、さすがに俺の中の情緒も不安定になる。


「で、でも俺っ、飾森のこと今までそういう風に見たことは……」

「知ってる。でも、いいの。わたしは、あなたが最後にわたしを好きになって……愛してくれれば。だってわたし、あなたの彼女がもうひとりまでなら満足できる女だもの」

「そっ――」


 それで本当にいいのか、と。続くはずだった言葉を飾森の人差し指がそっと遮った。


「ねぇ、まだ答えを聞いてないわ。お付き合い、してくれるの?」


 取れるような選択肢があるのか、俺にはもう分からなかった。

 断れば間違いなく飾森は全てをぶちまけ、今まで通りの関係に戻ろうとするだろう。

 それは俺も春乃先輩も困る。だから返せる言葉は最初からひとつしかない。


(だとしても、そんなのは……)

「…………」

「――付き合うよ、飾森。お前と」


 告げたその瞬間。彼女は花畑で踊るように無邪気な笑みをこぼす。


「なら……今度は、あなたからして。わたしばかり……恥ずかしいわ」


 こうして、六月某日。俺は嘘に嘘を重ねるかたちで、またひとつ秘密を抱えた。

 ……先のことは分からない。小夏はもちろん、契約を結んだ春乃先輩のことも。

 それでも選んでしまった以上、選ばなかった過去に後戻りできないのは確かだ。

 やがて梅雨模様も瞬く間に過ぎ去り、そして――例年より暑い夏が近づいてくる。

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