大丈夫は大抵、大丈夫じゃない。
「ねぇ、嫉妬という字はどうしてどちらも〝女〟偏なのかしら」
「顔を合わせて開口一番、多方面で面倒くさい話題を振ってくるなよ。飾森お前……」
一年D組の教室。席に着くなり俺は、俺の机上に座る飾森に絡まれていた。
相変わらず何を考えてるか分かりづらい仏頂面だが、今日はやや語尾が強い気がする。
「両方とも〝ねたむ〟と読めるけれど、〝嫉〟は女偏にやまいだれで矢。〝妬〟は女偏に石よね。そのまま字面通り受け取れば、矢に射られたような痛みの病に対して石を投げることしかできない――〝女〟ということになると思わない?」
「まぁ、そうなるわな」
確かにそう言われると、仲の良い男女へ向けて遠くから当たりもしない石を投げ続ける悲しい場面が浮かんでくる気がするし、性別は関係がないという主張も理解はできる。
「けどそんなのは一夫多妻してた頃の名残りみたいなもんだろ。嫉妬する機会が男よりも女の方が多かったってだけじゃないか? 言葉が時代に左右されるのは当然だし」
「そうよね。間違っても好きな相手に彼氏ができたからと言って、淡い期待を胸に無駄な石を投げてみようだなんて浅ましい考えの
と、可愛らしく両手を合わせながら作為を感じる無知な身振りで飾森が笑う。
わたしには不満があります。生粋の鈍感男でも、そうと気付くレベルの仕草だった。
(や、やばい。な、なんか知らんがものすごい回りくどさで勘繰られているっ!?)
前提として〝俺に彼女なんてできるわけない〟と思ってるからそうなんだろうが、実際正しいので流石の勘の良さだ。何も言い返せない。く、悔ちい……。
「ところで昨日、LINEしたのだけど。どうして返事がないのかしら?」
「え、マジで? いやそんなはずないと思うが……来てたら普通に返すし」
スマホを取り出してアプリを起動。トークの履歴を確認した。
一番上は春乃先輩で、未読が60件くらい溜まっている。あのクズは俺のトークをメモ扱いしており、最近は日常的にこの有り様なのだ。緊急の時は通話が基本である。
その次に飾森、慈由利先輩、
「一番上の女は誰?」
「いや、前に説明しただろ。彼女だよ! 春乃先輩!」
「ふぅん……」
飾森が上から覗き込むのをやめ、俺を真っ直ぐ見つめた。
発せられる無言の圧力に屈した俺の心が、全身から脂汗を滲ませる。
(な、なんだ。俺は浮気を疑われた夫か? 童貞って結婚できるのか、知らなかった!)
とにかく今、この話題を続けるメリットは何もない。重箱の隅をちくちく言葉で執拗に攻撃されるのが目に浮かぶからな! 何かないか? 俺は話題を求めて周囲を見渡す。
そして見つけた。心を閉ざし切り、今にも昇天しかけているママの背中を!
「――で、あっ。さ、さっきから気になってたんだが。なんで柚本は魂抜けてんの?」
「さぁ? 朝練にも出られないほど、見たくもない現実でも見たんじゃないかしら」
「何っ! そういやなんか最近、ずっと元気ないよな。やっぱ今こそ恩返しの時だろ!」
勢いよく席を立ち、俺は柚本の元へ駆け出す。見たくもない現実という言葉に共感したのもそうだが、辛いことがあった誰かを放っておけるほどクズなつもりもなかった。
「頼ってくれ、必要だろ柚本! いつも甘やかしてもらってんだ、俺は力になるぞ!」
「え、あっ。し、信二くん……だ、大丈夫だよっ。へ、変に心配かけてごめんね。ウチは全然ヘーキだからっ! もうホントに何でもないの! えへえへ……」
柚本が不器用に笑う。俺はそれを見た時、彼女の遠慮に寂しさを覚えた。
困った時はお互い様のはずである。これは飾森や他の誰にだって同じことだ。
「馬鹿言うなよ、何でもないとか言うやつが本当に何でもないわけないだろ。どうしても関わって欲しくなきゃ言い方を変えるんだな。そんなに俺は柚本の役に立てないか?」
「そ、それは……その……え、と」
柚本はうつむいて言葉を選ぶ。よしよし、これでもし「え、信二くんには関係ないことだから」みたいなこと言われてたら、ありがちな失恋シチュみたいで泣いていた。
「……どうして?」
「それは今言ったばっかだし、つか気にして当然だろ」
「と、当然なんだ。そうなんだ……えへえへ」
「――だって俺たち、
「あっ」
答えた刹那。柚本の魂らしきものは肉体を離れ、器は砂となって消え失せた。
あ、あれ? 疑問に思っていると背後から飾森のため息が聞こえ、続けざまに近くの席からも「しね」「カス」「ごみ」などと心ない罵倒や舌打ちが俺を突き刺す。
(ひ、ひどい。なして? ホワイ……お、俺は今そんなおかしいこと言ったか?)
いやまぁ、確かに少々クサい台詞だったかもしれないけども、クサさを笑う人間に青春なんて訪れないと思うのだが……それはさておき、非常に居心地が悪い。
そして謎の精神的劣勢を打開するべく思考を巡らせる、そんな時だった。
「信二郎いるー?」
ひょっこりと教室に顔を出した女子が俺を呼ぶ。春乃先輩だ。ナ、ナイス救世主!
「かっ、カッコいいあなたの彼氏はここですよぉ~?」
「は?」
シンプルな疑問符が辛い。ひとまず脱出して廊下の窓側に寄る。
それに対する背中からの視線も痛かった。し、嫉妬か? 見苦しいぞ!
というかこの先輩、ずいぶんと普通だな昨日の今日で。まぁ、それは俺も同じか。
「それで。朝から何の用ですか?」
「昼休み、トマりんが新しい相談受けるから部室に来てだって」
「あー、了解です」
それだけか? と思っていれば、春乃先輩は周囲を一度確認して声をひそめる。
「ね、一晩寝てすっきりしたから思ったんだけどさ? やっぱり昨日見たような気がするキスは遠近法があたしたちに見せつける幻覚だったと思うの」
「マ、マジか。この女……」
と言いたいところなのだが、今朝のことを考慮するとそんな気がしないでもない。
「いや言ってるじゃないの、ぶっ飛ばすわよ――って今朝って?」
「なんか、向こうの反応が変だった気がするんですよね……妙に距離が近いというか」
「え。こわー、勘違い男ってこうやって生まれるのねぇ。潜在的ガチ恋勢?」
「よ、よく言う……俺の初めてを無理矢理、奪った癖に」
近い部分はあるかもしれないけど、先輩に言われると無性に腹が立つのは何故なのか。
それもあってつい、死ぬまでに言ってみたいランキング個人的八位を口走る。が――
「え、何のこと?」
「いや、だから初め――ひぃっ!」
「何のこと?」
股下を通過した春乃先輩の蹴りが壁にめり込み、当たり前のように器物損壊をする。
笑顔が怖い。飾森と同様、物理的パワーが強すぎることが一番の理由だけども。
「わ、分かりましたよもう。いいですよ、そういうことで」
「分かればいいのよ。今の話、また後でにしましょ? 時間もないし」
直後。予鈴が校内に響き、春乃先輩は〝素敵な先輩〟に擬態しながら去っていった。
その背中を見て、改めて確信する。先輩はまだ渡会先輩を諦めていないのだろう、と。
医者に言われた通り、俺たちの抵抗は次の恋愛まで終わらないのかもしれない。
それがよくある失恋の、よくある人生の、よくある過程だと頭では理解している。
けど今そちらに走ったところで、付けられた傷を強引に埋める代償行為でしかない気がしてならないのだ。そんなのは、きっとまだ見ぬ誰かにとっても失礼だと俺は思う。
心残りみたいなものは、無自覚な言動や行動に出るものだから。このまま次へ行っても上手くいかないだろうから。だから、俺はちっとも――大丈夫なんかじゃなかった。
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