デートじゃないよ、おでかけだよ? 3

「――こ、ここは……っ!」

「大げさな。ただの映画館じゃないですか」


 わざとらしさ全開で春乃先輩は驚いているが、俺たちが辿り着いたのは単なる複合型の商業施設にあるT〇HOシネマだった。

 上階に続くエスカレーター近くの影から列に並ぶ二人を密かに見守っている。


「やあね、知ってるわよ。それくらいっ、うふふふふふ」


 お上品に下品な笑いをこぼしつつ、ばしばしと背中を叩いてくる春乃先輩。

 なんか普段からクラスの男子と距離感バグってて色々勘違いさせてそうだなぁ、なんて思ったりした。で、恐らく……というか、間違いなく。

 こんなオーバーリアクションが取れる心の余裕を生み出している原因は、くるくる指で回しているダサい帽子――チャリのジジイから奪った戦利品のおかげなのだろう。

 車販売店前の植え込みが丁度空いてたので、チャリと一緒に突き刺してきたらしい。

 無駄にキラキラとしてる先輩の汗は、まるで青春の輝きのように見えなくも……まぁ、確実に錯覚だな。俺の目がもう濁っているからに違いない。


「なんにせよ、です。デッ、の定番ですよね。デッ、の!」

「ほっほぅ、知ったようなことを言うわね。しっかしいやはや、インターネッツで調べた知識を得意げに話すなんて人間としての底が、あ~~~さっいなぁ。真田後輩も」

「うぐっ、地味に効く言葉を繰り出すのはやめてくれませんかね……」


 どうせ自分のことを棚に上げているのは理解しているけれども、絶対に〝それはそれ、これはこれ〟って答えるだろうから言い返すのはもう諦めた。


「しかも定番なのは映画館じゃなくて映画を観るって行為そのものね」

「お、おうちデートってやつですか」


 春乃先輩が「いえす」と白い歯を見せて笑う。

 母いわく確かに最近は、映画も高いらしいからな。俺はまだ学生だから実感ないけど。

 それはともかく、だ。聞くだけ無駄とは理解しつつ、一応聞いておくか。


「……ちなみにそれ、もちろん経験に基づく知識なんですよね?」

「え? ネットで調べたまんま垂れ流しだけど?」

「こ、この女……」

「何そんな当たり前のことを言ってるの? バカじゃないの? え、やだ。保育ほい卒?」


 な、殴りてぇ……不意をつかないと確実に負けるだろうけども。


「さぁて、二人は何を観るのかしらね。今って流行りのやつとかあるの? あたしさぁ、そういうの全然ちっとも興味ないからさっぱりよ、さっぱり」

「俺もですよ。最近はアニメの劇場版が話題になる印象ですけども、興味ない人間にまで届いてないってことは、特に流行っているものはないってことだと思います」

「ふーん」


 つまり、小夏主導だとしたら無難なところに着地するのが自然なはず。

 先輩は上映スケジュールを見ていたが、選ばれるのは恐らく――


「恋愛っぽいタイトルあります? 渡会先輩の趣味は知りたくありませんけど、選ぶならそのどれかじゃないですか。あいつ、恋愛系の小説とか漫画はけっこう趣味ですし」

「ま、趣味なんて男ができたらころころ変わってもおかしくないけどねー」


 その何気ない一言は俺の心を傷つけ、雑に殺々ころころされてしまった!


「‘+?*P_*L¥=@・{ッ!!11!」

「ご、ごめんて。最低限、人語でよろしく……」


 しかし謝る言葉とは反対に目と鼻と口を全力で塞いできた。ぐ、ぐるじいよぉ……。


「けど真人も意外と恋愛もの好きだからねぇ――……あ、チケットの順番だ」

「ぷ、は……はぁ。どうすんです、何観るかこの距離じゃ分かんないですよ」

「ふふん、まだまだね! あたしに抜かりなし!」

(ふん。抜かってるから幼馴染が今、小夏とお出かけしてるんだろッ!)


 なんて口に出しかけたけれども百倍で返ってくるのでやめた。やだ、俺ってかしこい。

 それから春乃先輩が手持ちのバッグから取り出したのは、双眼鏡だった。


「読み上げるわよ。えー、と――〝きみは僕の涙になれない〟ですって。知ってる?」

「あー。小夏に小説を勧められたことがあるような、ないような。どっちみちもろ難病が絡んでくる感じのコテコテ恋愛映画じゃないですかね。たぶん」

「まだ分からないわよ? 悲しみを理解できないサイコパスが〝オラッ、お前が俺の涙になるんだよ!〟みたいな勢いで起こした連続殺人事件を追うミステリーかも」

「詐欺だろ、そんなん……」


 やがて二人がそれぞれトイレに消えたタイミングで、俺たちも券売機へ向かった。

 それほど人気もないのか、席は自由に選ぶことができるようだ。


「公開終了間際なんですかね、この作品」

「人生が後悔終了間際なのは真田後輩だけどねぇ」

(ギャオオオオオォォォォンッッ!!)

「うげー、男のメンヘラなんて需要ないからその路線やめた方がいいわよ、ホント」


 なんてひどいことを言うのだろう。そりゃあドラマだって可哀想なヒロインはイケメン彼氏が助けてくれるけど、逆のパターンなんてほぼ見たことねーもんな。

 つーか、もしかしてこの唐突な暴言はさっきの俺の思考を盗聴して……。

 そう思って春乃先輩を見ると正解って感じの笑顔で親指を立てていた。こ、こいつ。


「お、俺たちから席を特定はしやすくなる分、逆もしかりですよね」

「並んでないとこは除外として。いやぁ、ソロが悪いとは言わないけど辛そうねぇ……」


 先輩にそう思わせたのは、まるでオセロみたいな席の埋まり具合からだろう。

 二人組に席をひとつふたつ空けられた状態の、お一人様が割と目立っていた。


「……ひっくり返ってしぬんじゃないですか?」

「あはははっ! それにここにいる人、ファミリー向け映画も一人で観てそう!」


 愉快そうに春乃先輩が笑う。

 絶対にこのクズ、自分より下を探して喜ぶくせに自分がされると滅茶苦茶キレ散らかすダブルスタンダードだろ……もう、確実に間違いがないと確信できる。

 で、何はともあれ一番上の右端の席を二つ確保したが、距離は運任せなので歯がゆい。

 なにせ何も見えないということはつまり、無限の可能性が広がってしまっているわけで春乃先輩が言うところの密室パゥワァがあまりに強すぎるのだ。

 さらに映画館あるある(?)と言えばっ、つい恋人と手が重なるとか、ポップコーンを取ろうとした手が触れ合うとか。上映しているストーリーの展開次第ではさぞ燃え上がるというか、思春期の精神はドキドキのバクバクでもう爆発寸前というわけで、だから俺のメンタルはボロボロのぐちゃぐちゃというわけでやらぁああああああっ!?


「うるさい」

「ぎゃあああっ!!」


 チケットを手渡されるついでに気軽な目潰しをされた。い、痛いよぉ……。

 それから春乃先輩はポップコーンと飲み物を急ぎ買い、開場と同時に場内へ突入。

 6番シアターへ駆け出して、席について息と身を潜めてやり過ごす。

 小夏と渡会先輩はどうやら下の方の席だったらしい。割と距離があった。

 先輩が幼馴染スキルを発揮し、後頭部で識別していたのでそうなのだろう。

 そして肝心の映画だが――……俺と先輩は上映が開始されてしばらく経った後。同時に気を失っており、目が覚めると手は恋人繋ぎで、視界をハチマキで塞いだ状態だった。

 もちろん、純白の裏側は涙と鼻水でデロデロである。

 近くにいたソロプレイヤーの女性がドン引きしている声も聞こえたしな! 

 何故そんな事態に陥ったか。それは当然、映画の内容にあった。

 具体的には、幼馴染の女の子が硬化病とかいう金属になって死んじゃう話で、主人公の幼馴染彼氏くんは精神を病んで記憶を失い、辛い時に優しくしてくれた別の女とくっつく展開だったからだようっ、弱った心になんてもの見せるだこのバカ野郎ォオオッ!?


「――し、死ぬかと思ったわね……いやホント」

「思ったっていうか実際、死んでたんじゃないですかね。なんか色々見えましたし……」


 普通こういうのはあっという間に感じるものだと思うけれど、まるで半年くらい意識を失っていたかのように長く苦しい体感時間だった。

 すでに劇場内はスタッフしかおらず、俺と春乃先輩の二人が取り残されている。


「真田後輩もNT‐R空間に引きずり込まれた感覚あったの? 危なかったわね」

「え、NT‐R空間って何ですか……」


 性根がクズのくせ、とても深刻な事態に直面したような眼差しでちょっと怖い。


「知らずに自力で戻って来たって言うの!? やるわね、真田後輩……」

「ど、どうも?」


 自分の理解力の外側で褒められてもいまいち釈然としない。

 でも最近は真っ当に褒められた記憶がないため、嬉しいことには嬉しかった。


「いい? ギリシャ、北欧、エジプト。古くから神話として語り継がれていることからもご存知の通り、人類史は常に寝取られと共に歩んできたと言っても過言ではないのね」

「めちゃくちゃ過言じゃねぇかな」


 さも当然のように語っているが、春乃先輩は恐ろしいまでにいつも通りだった。

 目がキマっているわけでもなく至って普通で、たぶん宗教勧誘の適性があるんだろう。


「つまり――これまで散っていった数多英霊たちの願いが集まる、このセカイのあらゆる事象が始まり、そして終わっていく万物の根源的な感応の源泉のことなのよ」

「数多亡霊の後悔が集まる、肉欲的な汚泥の間違いだろ。絶対それ……」

「願いに共感して取り込まれたが最期、寝取られモノでしか興奮できなくなったあげく。窓際で泣きながら自慰行為にふけるしか脳がなくなる呪いにかかるの」

「いや、もう呪いって言っちゃってんじゃん」

「えぇ。だから抵抗するのよ、拳とことで。なぁに、いくら英霊でも現実を突き付けてやれば瞬コロよ。〝自分が振られたからって、あたしに自己投影するのはやめて〟って」

「む、無慈悲すぎる……」


 発言が事実かはともかく。まぁこのクズはそれくらい言うし、殴るだろうな。

 というかこんな妄言に付き合ってあげてる俺、逆に偉いと思う。


「あ、ところで小夏と渡会先輩がどこにも見当たらないんですがいいんでぐぶぁッ!?」


 凄まじい速度の拳が腹部にめり込み、イヤな音が内側から響いた。


「早く言いなさいっ! 遊んでる場合じゃないのよっ!?」

「お前がなっ!? つーか今時、暴力ヒロイン気取りかよ!」

「はぁ~? いつからあたしが、あんたの! ヒロインになったってのよ?」

「え、あっ。た、確かに……」


 ――で。春乃先輩の幼馴染を嗅ぎ分ける〝鼻〟を頼りに二人の後を追うと、小夏と渡会先輩はどうやら商業施設を出て、港が一望できる広々とした公園に向かったらしい。

 ヤな鼻だな……尾行をする分にはこれ以上ない技能だけども。

 それにしても腹が減った。朝早かったのもあるし、もう十二時を回っている。

 正直。軽めの昼食を摂りたかったが、春乃先輩に秒で却下されてしまい、仕方なく俺と春乃先輩は今も大人しく色んな意味で二人を草葉の陰から見守り続けていた。


「しかし妙ね。映画観て、買い物もせず、お昼も食べないで公園に直行……なんて」

「まぁ、言われてみれば。ショッピングはしそうなもんですよね、普通」


 俺自身は意味もなくうろつく買い物を嫌うが、小夏はそういうのが好きな方だ。

 昔から何度も付き合わされたことがあって、今となっては惜しむべき過去だろう。


「でしょう? ということは、公園に何らかの特別な目的があるってことなのよ」

「と、特別な目的ですか?」


 春乃先輩が「いえす」と頷く。

 公園……というより、丘のある広場に近い場所で高校生の男女がすることか。

 いくら何でも走り回ったりするわけもなかろうし、散歩って感じなのか?

 でもそれって「たまにはこういうのもいいよね」みたいな、息抜き的な雰囲気ある気がすでぇあぁぁああっ、違う違う! これはデートでもなければ回数重ねてもない!

 ……はあはあ。ふぅ、なんにせよ俺だったらその、例えば。小夏が作っ――

 嫌な予感がしてふと先輩を見れば、同じような結論に至ったらしい。そういう顔だ。


「ま、まさか……」

「て、手作り弁当?」

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