第6話


「わぁ、遊園地なんて久しぶり!」


入場ゲートをくぐるなりリデルの表情がぱっと明るくなる。


「小さい頃はよく行ってたけど入学してからは全然いけてなかったからなぁ」


わくわくを抑えきれないリデルがパンフレットを開くと、園内図のイラストが動いてここにおいでと誘ってくる。


「僕ここ行きたい!おねーちゃん一緒にのろ!」


リデルを後ろから抱き込むようにパンフレットを覗き込んだテオが言う。

もはやレーテとジャンは眼中にないようだ。


「こーらテオ、今日はみんなで来てるんだからみんなと一緒よ?」


「えー?」


レーテとジャンはじゃれ合う二人の世界を背後で眺めていた。


「はは、まぁ楽しんでいこうぜ」


せいぜい今のうちにひっついておけ、と引きつった笑顔を浮かべるジャンをレーテが髪の色を黄色くして忍び笑いをしていた。


魔法使いの世界の遊園地は人間の世界の遊園地をモデルに作られている。

機械や目の錯覚で楽しませるかわりに魔法が使われているだけだ。

ミニワイバーンに乗ってくるくる飛んだり、同行者と途中ではぐれるミラーハウス、ふわふわと浮かぶシャボン玉の観覧車などがある。


テオがまず行きたがったのは勇者の旅路を再現したライドアトラクションだ。

子供の頃に誰もが聞かされる勇者物語を元に作られており、一応低年齢の子供も入れるのだがクオリティがかなり高い。


「オークの盗賊に追われてるぞ!」


「吟遊詩人の眠りの歌に眠気が…」


「魔王城の周りは炎に包まれてるぞ!熱い!」


参加者は勇者のパーティの一員ということになっており先導役の勇者に従って広大な旅路を追体験する。

しかしこのアトラクションの本当に面白いところは先導の勇者役が本当に冒険に出たことのある経歴のある人物だと言うことである。


「オークの追跡はしつこいからな、一刻も早く洞窟から出ないといけない。光に弱いから日光のあたるとこまで逃げられれば大丈夫だ」


「吟遊詩人の音楽魔法はサポートとしてとても有効だ。近づくと危険な魔物やなかなか捉えにくい魔物との戦闘に同行してもらうと助かる」


「ここなぁ、勇者の時代は炎獄地獄っていうくらいの踏破困難地帯だったらしいけど俺たちが行ったときは炎が一掃されててただの岩場だったよ。誰でも歩いていける」


経験に基づく説明は勇者や冒険に憧れる客らを高揚させる。

テオだけでなく、他の3人もワクワクしていた。


「やっぱり冒険て憧れるよなぁ。今はもう魔王がいないからあんまり行く必要ないけどさ」


「わかる、冒険いいよね。私も時代が時代なら出てみたかったな」


もしまた魔王が現れてリデルが冒険に出るのなら、パーティを組んで共に旅に出たい。

そう思いながらチラ、とジャンはリデルを横目で見る。


「おねーちゃん僕と冒険の旅にいこっ」


その視線を遮るようにテオがリデルにまとわりつく。

くっ、とジャンは拳を握りしめた。



 

休日の遊園地は人で溢れている。

土産物店の中にも菓子を売るワゴンの前にもすごい人だかりだ。

何個かアトラクションを楽しんだのち、少し休憩をしようとしたがカフェやベンチはどこも埋まっておりようやく行列の先のカフェに入ることができた。


「ほんとすごい人。休みだからしょうがないけどさ」


レーテが髪を青くしながらげっそりとした表情を浮かべた。


「だねー」


リデルがレモンソーダを飲んで一息ついた。

昼食にと頼んだ食事が半分以上残っているが、先ほどクレープを食べたからそこまで空腹ではなかったのかもしれない。


「次どうしよっか」


「うーん」


「ねえ!魔法戦隊ショーみたい!」


テオがパンフレットを指さしながら叫ぶ。

園内図の真ん中にある屋外ステージのイラストの上で魔法使いたちのイラストが「このあとショーをやるよ!見に来てね」と浮き上がって呼び込みをしている。

3人は特に乗りたいものがあるわけでもなかったのでテオに従って屋外ステージへと向かった。


「魔法戦隊!ファイティング★マギ参上!良い子はみんな待たせたね!」


ステージの上に色とりどりのローブを纏ったアクターたちが現れるとステージ近くにいた子供たちのボルテージが燃え盛るように上がる。


「わあーっ!ファイティング★マギー!」


歓声を上げている小さな子どもたちの中で同じテンションで興奮する美青年は若干浮いていたが大人自体はちらほらいたりするので悪目立ちするほどではなかった。

わぁわぁとハッスルするステージ前を見守りながら後方のベンチではまったりとした空気が流れていた。


「やっぱりテオくんもこういうのには目がないのね。うちの弟もこんな感じよ」


「そうなんだ」


レーテもリデルもぼんやりと熱狂を眺めながらぼそりと呟いた。

ジャンはそんな二人を横目で見ながら自分も昔はこういうものにはしゃいでいたなと感じる。


「ジャン、今日はありがとうね。ここ連れてきてくれてすごく嬉しい」


リデルがにこりとジャンに微笑んでみせる。

その微笑みに、ジャンは一瞬ぽかんとしてすぐに顔を真っ赤にした。


「あ、いや、うん、喜んでくれたら嬉しい…」


しどろもどろになる自分が恥ずかしくてジャンの言葉が尻すぼみになっていく。


「ジャンてすごく気を遣ってくれるよね。私はそんなに気が回らないから…」


ジャンの中で自己計測のリデルの好感度が上がっていく気がした。

が、同時に罪悪感に近い後ろめたさも感じていた。

単純な親切ではない、好きな相手に好感を持ってもらうための画策だ。

普通のことではあるが、ジャンは言葉を詰まらせた。


「そんなんじゃ…」


その時、一際大きい歓声がステージ前から上がった。

どうやらショーが終わったらしく盛大な拍手が打ち鳴らされ、その音にジャンの言葉はかき消されたのだった。


「あ、終わったみたいだね」


レーテとリデルが立ち上がる。

 

リデルの体がぐらついた。


「リデル…!?」


それはやけにスローな映像で見えた。

前のめりに倒れゆくリデル、振り返るレーテに

地面すれすれでリデルを抱きとめる腕


「おねーちゃん大丈夫!?」


テオが間一髪でリデルを抱きとめ、彼女が地面に倒れることは無かった。

テオの腕の中で青ざめた顔のリデルが弱々しく瞼を上げた。


「…?私…」


「おねーちゃん、さっきごはんのこしてたでしょ?それから気になってたんだけど…おねーちゃん気にしちゃうかなって思って言えなかったの。ごめんね…」


涙で目を潤ませながらテオがリデルを抱きしめる。


「やだテオ泣かないで、気にしてくれてありがとうね」


リデルの白い手がテオの頬を撫でる。

レーテが救護室の場所を確認して、2人を連れて行った。

ジャンは、その場に立ちすくんだまま3人の後ろ姿を眺めていた。





「レーテは貧血みたいね。この人ごみだもの、疲れたのね」


レーテが救護室から帰ってきた。

リデルはまだ休んでるとしてもテオの姿もない。


「…テオは?」


「ああ、リデルに付き添ってる」


「そうか」


ジャンが深い溜息をつく。

リデルがふらついたとき、自分は彼女のそばにいて彼女を見ていたつもりだったのに彼女を抱きとめたのは離れたところにいるテオだった。

彼女の異変を気にして時折彼女のほうを注意して見ていたらしい。

自分は本当にただ見ていただけだったのだ。


「なあ、レーテ俺今日告白どうしよう」


「すれば?」


レーテはあっけらかんと言い放つ。

ジャンは頭を抱えた。


「すれば、ってさぁ…」


「もう見返りはもらってるんだから約束通りテオを引き離して時間を作るわよ」


「もう見返りのこととかいいかも…」


「やだ、もらいっぱなしじゃ気持ち悪いもん。私はやることをやるだけよ」


レーテはツン、と言いのけた。

ジャンはもやもやした気持ちを抱えたままレーテにこれ以上うだうだ言ってもしかないことを悟ったのだった。


その後リデルが救護室から戻ってきて、ちょっと遊園地ではこれ以上楽しめないと言うこととなり退園して町に出ようと言うことになった。


「ごめんね、私のせいで」


リデルが申し訳なさそうに頭を下げる。

そんなリデルの傍らには彼女を支えるようにテオがぴったりとくっついている。

こんなのどうやって引き剥がすのだろうか。


「気にしないで!あとは適当なカフェにでも入ってお茶しましょ」


レーテが行きたいカフェがあるのよ、といって向かったカフェはオープンテラスのある広いカフェだった。

そこでゆっくりとおしゃべりをしていた4人だったがその間ずっとジャンは心ここにあらず、といった感じでただただ真っ黒なコーヒーカップの中身を眺めていた。


やがてカフェをあとにし、4人は夜景が美しい川沿いをぶらぶらと歩くことになった。

旧市街の古めかしい街並みがライトアップされ、川面に映っている。

まるで黄金の町があるかのようなそれはロマンチックでデートスポットとしても有名だった。

実際、カップルとおぼしきペアが身を寄せ合いながらうっとりと景色をながめているさまが散見された。


「トイレ!」


それを台無しにする絶叫があたりに響き渡る。


「テ、テオ!?」


声の主はテオで、我慢も限界といった苦悶の表情を浮かべている。


「あら、トイレ?ちょうど私も行きたかったところだから案内するわね」


びっくりしているリデルをよそにささっとレーテがテオを引き取って連れて行く。

その瞬間、チラとジャンのほうに視線が送られたのをジャンは見逃していなかった。

今だ、ということだろう。


残されたリデルは遠ざかる2人の背中を眺めながらぽかんとしていた。

ジャンはそんなリデルを横目で見て、そっと彼女から視線をそらした。


「リデル、今日は…その…悪かった!俺気が利かなくて…」


「え?」


リデルが首を傾げてジャンに振り返る。

 

「やだ、あんなのわからないわよ普通。テオはいつも一緒にいるから気づいただけだわ。それにジャンが気が利かないなんて私思ったこと無いのよ?」


「えっ」


「さっきも言ったけどジャンはすごく気遣いしてくれて…今日遊園地にさそってくれたのだって私とテオの気分転換にチケットとってくれたんでしょう?」


「あ…」


「正直テオとあなたはあまり相性よくなさそうだなって思ってたの。だけどちゃんとテオの面倒みてくれたよね。私知ってるから学校で元のクラスに馴染めないテオに構ってあげてるの」


テオがあの姿になってから、元のクラスで彼は浮いてしまっていた。

あまりの変貌にクラスメイトたちも戸惑い彼を遠ざけるようになったのだ。

その結果、テオは姉の教室に休み時間のたびにやってくるようになった。

しかし時間が合わないこともあり、リデルが教室にいないときテオはひどく暇そうにしているものだから時折ジャンは話しかけてやったりしていたのだ。

ほぼジャンがとりあわずコミュニケーションが成立していたかは怪しいがその模様をリデルは知っていたようだった。


「リデル…!」


ジャンの心に熱い気持ちが溢れる。

リデルの両肩を掴んで、彼女の目を見つめる。

驚いて見開かれたリデルの瞳には決意を固めたジャンの姿が映し出されていた。


「俺は…君のことが…」


ジャンの声がためらうように、間を作る。

夜風が、川面の黄金色の影を揺らめかせた。


「好きだ!」


「えっ…」


リデルの目が見開かれる。

ぽかん、と絡み合った視線をリデルがそらした。

俯いたリデルの頬は薔薇色にほんのり染まっていて可憐な美しさを醸し出している。

やがて少しの間をもってリデルの唇が開かれた。


「嬉しい……!」


蚊のなくような小さな声だったが聞き漏らすわけがなかった。

耳から蒸気が吹き出さんばかりにジャンの心が高潮する。

がしり、と抱きしめた彼女の体は想像したより細くたおやかで、暖かった。

うるさいほどにどくどくとなりひびく二つの心臓が寄り添っている。

まるでそこだけは2人だけの世界のように思えた。


「あーっ!!」


そこに再び場をぶち壊す絶叫が響き渡る。

トイレから戻ってきたテオが怒りの形相を浮かべながらこちらに走って近づいてくる。


「おねーちゃんに何してるんだよ!離れろ!」


テオがジャンに手を伸ばしたその瞬間だった。

ボフン、とピンク色の煙にテオが包まれたかと思いきや「ふえ!?」とかわいらしい声がした。


そして煙が夜風に吹き飛ばされたとき、そこには実年齢相応の姿でぶかぶかの衣装のなかでもがくテオの姿がそこにあったのだった。


「えええ!戻った!?」


リデルはジャンを突き飛ばしテオに駆け寄る。

テオはというと呆然としていた。


「もどった…?僕もどったの…?」


リデルは弟を抱きしめながら良かった良かったと涙を流して喜んでいる。


「良かった〜!テオ〜〜!!」


やがてわれに返ったテオも姉の号泣につられてわんわんと泣き出し、怒りどころではなくなったようだった。


「なーんてタイミングなのかしら、ねえ?」


テオのあとからやってきたレーテが髪を黄色に染めながら面白そうに笑った。

ジャンは、ただただ呆然とその場に立ち尽くしていた。



その後、テオは完璧に元に戻り学校でもまた元のクラスメイトと仲良くすることができるようになったらしい。

ジャンとリデルは晴れて恋人どうしとなり初々しい日々を送っている。


「どう?リデルとはどこまでいったの?」


レーテが光り輝く宝石のはまったアクセサリーを陽に煌めかせながらにやにやと笑う。

今の時間リデルは別の教室におり、ジャンはレーテに捕らえられ人気の少ない廊下の隅にいる。


「まだ付き合い始めたばかりだぞ」


恥ずかしげに腕を組むジャンにレーテは露骨につまらないといった表情を浮かべる。


「つっまんない。キスくらいはしてるんでしょうね」


「キッ…」


目を逸らしてうつむくジャンにレーテは深いため息をついた。


「せっかく告白の手伝いをしたのに。これだったら弟くんとのラブラブを見てる方が目が幸せだったわ」


「あ、それだけどあれどうやったんだ?」


「ん?簡単よ、カフェでテオの飲み物に尿意促進剤を入れただけ。で、あとはなるべく遠めのトイレに誘導する」


「いつの間に…」


「私ね、魔法薬学と戦闘技術の戦略の成績良いのよ」


ふふんと笑うレーテの髪がきらきらと知的な緑色に染まった。




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