第2話
私は目の前が真っ暗になった。
懲罰室に行かされた生徒なんて学院に入学してから見たことはないしその存在も昔苛烈な罰が与えられていた曰く付きの場所があるという噂でしか知らない。
コベル院長にはそれだけ言われ、またヴァネッサ先生に連れられて学院地下の懲罰室へ向かう。
学院の地下には広大な迷宮が広がっており一角が懲罰室として使われている。
錆びついた鉄の扉を開き、部屋に入るとそこはまさに暗闇と孤独が支配する寒々とした石造りの部屋で中心には小さい机と椅子だけが置かれている。
明かりは頼りないロウソクの明かりのみだ。
「では書き上がったら言いなさい。嘘は書いても無駄よ、判別する魔法があるからね」
そう言ってヴァネッサ先生は私一人を寂しい部屋に残し扉の鍵を閉めてその場から立ち去っていった。
私はとぼとぼと椅子に腰掛け机の上にある羊皮紙に向かって事の次第を記し始めたのである。
そして今ようやく書き終えて、先生を呼んだところだった。
ヴァネッサ先生は書き終えた羊皮紙に嘘破りの魔法を書けた。
杖の先から金色の精霊が現れて文章を読んでいき、両の手で丸を象る。
「ふむ、ではこちらは預からせていただきます。調査は終了しましたのですぐにでも判決が下りますよ」
嫌味な言い方だと思いながらヴァネッサ先生が鳥に姿を変えた羊皮紙が飛んでいく後ろ姿を見送る。
返事はとんぼ返りしたのかという早さで返ってきた。
鳥の形から手紙の形に戻し開いて読み上げる。
「えー…本学院の生徒であるリデル・エバスは魔法薬製作時における安全の確認を怠り自身の弟を危険に晒すという重大な事案を引き起こしたため罰を受ける必要がある。しかし、故意に引き起こされたものではなく被害者の被害の程度も大きいものではないため一週間程度の停学、自宅謹慎とするのが妥当」
ヴァネッサ先生はそこまで読み上げて手紙をこちらに渡した。
「ということです。監獄行きにはなりませんでしたが今回の件は重く受け止め反省するように。さあ部屋を出なさい」
「…はい、申し訳ありませんでした」
「謝るのは私じゃないわ、今ちょうどその相手が迎えに来たわよ」
部屋の入り口からテオが駆け込んでくる。
私を見つけると駆け寄りぎゅっと力強く抱きしめてきた。
「おねーちゃん大丈夫だった…?ぼくおねーちゃんと離れ離れになっちゃうんじゃないかってすごく怖かったんだよ」
精悍な体にぎゅうぎゅうと抱きしめられ私は恥ずかしさで顔が真っ赤になっていた。
こんな風に大人の男性に抱きしめられるなど父以外に無いからだ。
まるで年上の恋人に抱きしめられているようで胸を軽く押し返して離れようとするがテオの力は強くびくともしない。
「…くれぐれもこれ以上問題を起こさないように」
テオの肩越しにヴァネッサ先生がコホンと咳をして、それがより私の顔を羞恥に染めた。
テオと家に帰ったときにはすっかり夜になっていて、簡単に夕食をとった後にテオに風呂に行くよう指示して私は机に向かった。
便箋を取り出し、宛先には父と母の名前を書く。
私たちの両親は二人揃って遠方に赴任している。
父は魔法薬の研究者でこのあたりではとれない薬草や素材を調査しており、母は魔導軍人で現在異種族の内乱の鎮圧にあたっている。
父はおっとりした穏やかな人だったが母は苛烈な人で魔法の扱いには人一倍厳しい人だった。
幼い頃からいたずらをしたり悪さをして私たちを叱るとき、毎回地の果ての監獄を持ち出すものだから私には何か罰されるということはイコール監獄行きという考えが染み付いている。
それなのに今回のような事故を引き起こしてしまい本当に筆がずしりと重たく感じる。
「拝啓お父様お母様…お元気ですか。私とテオは元気ですが元気ではありません…」
なんとか手紙を書き上げ、速達用郵便獣を呼び出し手紙を預けて飛ばした頃にはもうへとへとで、テオが自室に入ったのを確認してささっとシャワーだけ浴びて魔法で髪を乾かしたのちベッドに倒れ込んだ。
体がまるでシーツが体に染み込んでいくようにベッドに沈み込んでいく。
明日は朝日が差し込んできても起きれないだろうなと思いながら瞼の裏で夢の世界への船を漕ぎ出したときだった。
「おねーちゃーん…」
自室のドアがゆっくりと開き、ペタペタと裸足の足音が近づいてきた音に私はうう、と無理やり瞼を開いた。
ベッドサイドに立つ背の高い姿にびくりとしながらそれが弟だと認識して半身を起こす。
「どうしたの?」
「なんか寝れない…こっちで寝る」
「え」
テオが有無を言わせず私のベッドに上がるので私は体をどかして彼の入るスペースを作る。
父のパジャマを着せたテオはシーツに潜り込むとすぐにすーすーと寝息を立て始めた。
「寝れるじゃない…」
はぁっ、っため息をついて私もシーツを被る。
そして再び夢の国への航海を開始したのだった。
しかし私は夢の国へとたどり着くことは出来なかった。
それはテオが原因だった。
普段、テオが一人では寝られないということはたまにあってそういう時は私のベッドで一緒に眠っていた。
テオはやや甘えん坊で私によく懐いたかわいらしい弟で私のそばにいると安心するらしいのだった。
以前から留守にしがちな両親より一緒にいる時間が長いからだろうか。
「テオはほんとあなたにべったりね、私の弟なんて私から抱きつこうとしたら猫みたいに嫌がって逃げようとするわよ」
友人がそうぼやいていたのを普通はそうなのねえなんてぼんやり思っていたものだ。
この先もベタベタするようなら考えものだがどうせ成長すれば自然と離れていくだろう。
だから今は十分にべったりさせてあげるつもりだった。
長い腕が背中に周り、厚い胸板に引き寄せられている。
全身がぴったりと隙間なく密着しテオの体温が暑いほどに伝わる。
今、私はテオに抱きしめられていた。
小さい時はしがみつくようだったのが大人の姿になったため私が彼の腕の中にすっぽりと収まっている形になる。
(ね、寝れない)
未だかつて大人の男性とベッドに入ったことなどないのだから仕方がない。
せいぜい小さい頃に父が寝る前に絵本を読むために添い寝してくれた程度で当然ながらドキドキなどしない。
それがいきなり成長した弟に抱きすくめられて尋常ではない心拍数をたたき出している。
仕方ない、成長した彼はとんでもない美丈夫であんなにコロコロとかわいらしい子供の頃からは想像もできないほどに美しい顔立ちとスラリとした四肢をもち大人の男の色気とでもいうのだろうか、そのようなものをムンムンと放ち私はそれをゼロ距離で浴びているのだから。
(変な気分になりそう…いや、実の弟でそんな気分になりたくない…)
私は悶々とした気持ち抱えながら眠れぬ夜を過ごすことになったのだった。
なお、学院の保健部の見立てによればテオが元に戻るまで最短一週間、長くて一ヶ月程度ということで私は授業の遅れと慣れぬ美男子との同居に頭を悩ませなくてはいけないのであった。
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