第3話: 声をかけた、最後の日

ゼルファリドの戦勝パレードについては王国新聞を通して各国へ号外として配られていた。

 花嫁と新聞では記載されていたものの、彼がどこから来たものなのか、彼は彼女をどこから連れてきたのかを王国新聞は記載していなかった。

 だから、私はモーティマーを通してノイレ族と、その数週間前にマルセド経由で調査をしていたヴァルニ族の滅亡の情報を知りたかったのだ。

 マルセドからはヴァルニ族が、鉄錆色の服を着た軍人から女子供を差し出せ、と言われ反抗をしていた矢先にヴァルニ族はほぼ壊滅に追いやられたと報告を受けていた。

 レイズからは、ゼルファリドの通信士と連絡が取れ、来国の許可を取り付けたとのこと。

 私はその報告を受け、頷いたがモーティマーがなかなか戻ってこないことが気がかりでソワソワしていると。

「モーティマーが戻ってこないなら、相当な事なのでは」とテオドールは私の隣に立ってそう言う。

「レイズに、モーティマーがどうなっているか聞くか」「レイズばかり負担を掛けてやるな、それにモーティマーなら大丈夫なことはイセリオの方が分かっているでしょう」

 僕も、ここで待ちますからといつも座っている席に彼は腰掛ける。

 調査団のドアがノックされる、私は振り返ると。

 珍しく息を切らしたモーティマーがそこにいた、モーティマーは険しい顔で私に近づくと、紙切れを渡すといつもの位置に立つ。

 私は彼が手渡してきた、紙切れを開く。

 マルセドの筆跡だった、王国新聞を読んだ、あの子は

「……ノイレ族、スィリカ」

 マルセドからの手紙は続いていた。自分はあの日の前に彼女達に出会っていたと、新聞の一面を飾った彼女は最後に見た彼女と似ても似つかなく、救ってやれなかったことを悔やんでいる。

 そう綴られていた、紙を持つ手がわなわなと震える。

「イセリオ?」テオドールが近づいて私が読んでいた紙を手にして彼も読んでしまった。

「じゃあ、今のゼルファリドを騒がせている彼女は」

「ああ、マルセドは嘘をつくことは無い本当のことだろう。」

 だが、我々のミラダン国は過去にゼルファリドとの戦争で敗走し、一時支配下だった国でもある。

「正面を切って、彼女に会うことが出来ない」

「来賓としてもか?」「難しいはずだ、ノイレ族に関する資料は数少ないが、彼らはヴェル・サリアを拠点に生活をしていたゼルファリドへ連れてこられたとしたら」

「環境の変化についていけていない?」

 テオドールは話が分かって、するすると話が進む。私は生活面からの切り口で会話をしていたのだが言語分野からの指摘も入る。

「ノイレ族は独自の言語を持っている、消失言語のひとつになっていたはずだ、ゼルファリドは僕たち、ミラダンと違いゼルファリド語を喋れない者に対しては冷たいはずだ」

 環境の変化と言語の壁にぶつかっている彼女に対して小国は何がしてやることが出来るのか、私たちは今は沈黙することしか出来なかった。


――――――――――――――――――――――――――

 ゼルファリド、ミュリエルの部屋。

 彼女は出された食事に手をつけることが出来なかった。

 肉が入っていることは分かる、パンも分かる。

 ただ、この肉は四足の動物の物なのか分からないのだ、ノイレ族は四足の動物の肉を食べる時は一度、神に感謝の意味を込めて儀式を行ってから解体や血抜きをしてその肉を村の皆で食べるしきたりがあった。

 だが、今この部屋にいるのはただ静か彼女が食事を終わるのを待っているだけのメイドと懐中時計を数分単位で見ているバトラーしかいない。

 彼女が一口も食事に手をつけることが出来ないことに気づくものはそこにいなかった。

「……」恐る恐る、スープに口をつけてみたものの

 (やっぱり、儀式をしていない……)

 カタン、と静かに銀食器をトレーに置くとそれを見たメイドとバトラーが目を合わせて。

「食べないんだったら下げます」と言って、無理やり下げてしまった。

「……あ、ま、待っ」ノイレ語で言うも、彼らは彼女の発する言葉を笑い、トレーを持って出ていってしまった、出ていく時にメイドが「手のかかるお姫様はめんどくさい」と言ってドアを閉めて出ていった。

 残された私は、また似合わないドレスを着させられていて、フラフラと全身鏡の前に立つ。

 連れてこられた時より、どんどん細くなる身体、毎日見る悪夢に苛まれて消えないクマ。

 毎日、「私」を見に、彼の支配下にある国の偉い人が来訪する。

 今日もこの後、何十人も来るらしい。

 言葉は分からない、顔も分からないがニュアンスや雰囲気はなんとなくわかるようになってきた。

 豪奢なドレスを着て、私は置き物のように彼の隣に座っていることしか出来ない、それ以外の振る舞いを彼は許さない。

 私は、その来賓客でさえ肉塊に見えるのだから。

 魂の抜けたような人形のような顔で、座っていた時に彼に「お前は愛想のひとつも振りまくこともできないのか」と来賓には聞こえない声で私に囁いてから私はずっと、忘れてしまった笑顔を貼り付けている。

 大きな国だということもこの来訪する客が多いということは相当な力があるのかとぼんやり列を成して彼に媚びを売り、私を見て「綺麗だ」「美しい」という者もいれば「私の息子にもこのような婚約者が現れて欲しいものです」と彼に言う者もいた。

 王国新聞の一面を飾った、姫という扱いを今は受けているが、私は姫でもない、ただのノイレ族の少女なのだ。

 (違う、こんなのは私じゃない)

 私は、盛り上がっている、ヴァレム王子と来賓を見ながら、静かにドレスを握りしめた。

 パレードから、婚姻の儀まで休む暇もなく彼は動き続けていた。

 そして今も、彼は褒賞を見せびらかしている。

 私は、彼の所有物として来賓に品定めもされている状態だ。

 彼が見てない時に、大きく息を吸って吐く。を繰り返したが気持ち悪さは取れない。

 何とか、その場を凌ぎやっと部屋に戻ることが出来ると思ったが、何故か私は彼の部屋に連れていかれた。

「入れ」彼の冷たい声に私は一歩、彼の部屋に足を踏み入れる。

 そこには、これまで多くの国と戦ってきたであろう勲章や宝石、各地方の高級品が所狭しに並べられていた。それを見ている私に彼は、愛おしい者を見つめるような顔で

「気になるか?」と問いかけた。私はゆっくりと首を横に振る。

 彼と目を合わさないように一歩、また一歩と後ずさる。

「……今日も笑わなかったな」私の行動が彼の逆鱗にふれた。

 私が下がった分、彼は歩みを進める。

 気がつくと私は大きなベッドに追いやられていた。

 彼は私の長い髪を撫でたかと思ったら、グンッとベッドの方へ倒れるように引っ張った。

 私はベッドに倒される、ギッと軋む音がして私は瞑っていた瞳を開けるとそこには、彼が覆い被さるようにそこにいた。

 呼吸が出来ない、髪も彼の大きな手に押さえつけられて身動きも取れない。

 嫌、と言いたいが彼には伝わる気がしない。

 私を組み敷いた彼の瞳は爛々と獣が獲物を狙う目そのものだった。

 私は顔を逸らし、どいてくれると信じあの日のことを彼に拙い、ゼルファリド語で聞いてみることにした。

「……何故、私だったのですか」

「どうして、小さな子供たちや赤子まで殺す必要があったのですか……あなたは、本当に私に妻に、花嫁として生きて欲しいのですか。」

 彼と目を合わせないように私の震える声で伝えたゼルファリド語は夜闇に消えた。

 彼に組み敷かれて、目線を彼と交わらないように横を向いていた、その時私に見えていたのは、彼女の血濡れた下半身で。

 そんな私を見て彼は、またあの馬車の中の時のように私の顎を掴んで自分の方へ向かせてこう言う。

「それはな」

「ミュリエル、お前に惚れたからだ」

 彼は告白のように、嬉しそうに私にそう言う。

「な……」私は彼の発言に言葉を失う、彼はそんな私を無視して続ける。

「初めて見た時から欲しかった、あの雪原の中で揺れるこの長くて黒い髪」

 さらり、と髪を撫でる

「今は、濁っているが水面のような大きな瞳から絶え間なく溢れる涙」

「そして、この白い陶器のような肌」

 うっとりとした顔で彼は続ける、私はゾッとした。

 この人は人間では無いと、本能が警告をしている。

「お前は、あの小さな村が居場所ではない俺の手元に置いておくべきだ、そう考えた」

 私の顔に大きな手を添えて、彼はこう言う。

「だから、あの矮小な村を、民族を根絶やしにした」

彼はそれがどうしたと言わんばかりに、笑い、私の家族を故郷を嗤った。

「……まさか、ヴァルニ族も……?」私が紡いだ説いに彼は、笑いを止め考える素振りをする。

「ああ、あったなそんなこと。だが、あそこにはお前を超える物はいなかった。」

 マルセドさんが、心配していたことは本当のことだったと、彼の発言から私はあの時どうしたら良かったのか、どうしたらみんなが助かったのか悔しい気持ちでいっぱいだった。

「……して、」私は、初めて彼に怒りをぶつけた。

「私を、みんなを、返して……誰か一人は、生きているでしょう?」「私たちは、あなた達に見つかるまで平和だった、でもその平和を壊したのはあなたたちよ」

 でも、それは彼には響かず逆効果であった。

 私の怒りは虚しく彼の牙で葬り去られた。

 予想外の反撃に彼は、美しくセットされた髪をぐしゃぐしゃと崩すと、地を這うような声で。

「戦利品が喋るな」と言い放った。

「平和を壊したのは俺たち?思い上がるのも大概にしろ」彼は続ける。

「俺に惚れられたことにお前は何一つ悪い要素はなかったと言えるのか?」

「俺は、お前が欲しかったからお前の村を、住処を焼いた、家族も高威力の銃で撃ち抜いた」

 高威力の銃……?私たちはそんなものは持っていなかったはずだ、せいぜい型落ちの猟銃程度だ。

「久しぶりに見たぞ、人が吹き飛ぶ姿を」彼は何も言えなくなった私を冷たく見下ろしながら続ける。

 そして、彼の次の言葉で私は完全に戻ることが出来なくなってしまった。

「ああ、俺たちの前に躍り出てきた女がいたな」

 そいつも、お前と同じように自分の心配をいなかったなと彼は思い出したように面白おかしく私の上で笑う。

「悲鳴をあげる隙も与えないで、撃ち殺してやった、そこにお前がやってきた」

「お前は、狂ったように肉塊に成り果てた家族とやらをかき集めていたな、アリョーシャと叫んでもいた」

 まさか

「アリョーシャは最後に撃った女だ」

「お前がかき集めていたものは家族だったものだ」

 彼の方を向かされたまま告げられた真実に私は呼吸が出来なくなった、そして彼の背後には頭が半分飛んだ父と、右半身が無くなった母が立っているのを見て私は。

 叫んだ、そんな気がした。

 絶え間なく叫んでいたのだろう、完全に壊れてしまったのだろう。

 彼はさらに虚ろになってしまった私を見ていた、もう分からない、最後になんと言われたかも。

 目を覚ますと、冷たく暗くじめじめとした石塔に私は閉じ込められていた。

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