01 愛されてる妹は不審者の人質になっている
数年後。
時刻は昼の十二時を少し過ぎた頃合い。
あるところに、多くの人が住んでいる世界がある。
その世界の名前は、セントスター。
セントスターは、二人の星の女神が作り出した、数千年の歴史がある世界だ。
セントスターには、星の女神にまつわる伝承やおとぎ話が多くあり、たくさんの者達がそれらを生活の中に取り込みながら暮らしていた。
祭りに、考え方に、生活道具に……。
様々な面に二人の星の女神の話が影響しているが、どんな話にも共通している点がある。
それは、二つの女神の片方は悪だという事。
女神達それぞれの名前は、スフィアとマテリア。
金色の髪に琥珀色の瞳をしたスフィアと、銀色の髪に黒色の瞳をしたマテリアは対照的な見た目をしている。
スフィアは、世界を滅ぼそうとした堕ちた女神と呼ばれ、世界中の人々から悪の存在だと言われている。
マテリアは、人類を反映させ迷える人々を導いた良き女神だと呼ばれ、多くの人々から称えられている。
事実は異なるが、セントスターに住む人々は、スフィアを悪、マテリアを善の存在と考えていた。
そんなセントスターには、星の紋章が描かれた旗を掲げる、リムスター王国がある。
リムスター王国は、伝統や歴史を重んじる国で、何千年もの歴史のある国だ。
セントスターでは、一番古くからある国であり、星の女神に関する話も多く残っている所である。
そのため、神に祈りをささげるという行為も、日常の中の一つだった。
通りを行きかう人達や、その国で暮らす住人達は、月に一度星の協会で祈りをささげるのが習慣になっていた。
リムスターで暮らす国民たちは穏やかでのんびりとした気質の者が多く、争い事を好まない。
何かトラブルがあったとしても、暴力沙汰になるような事は滅多にない国だった。
しかし、何事にも例外がある。
リムスター王国の中央。
王都スターラントンにある、学び舎のビジョンスター学園。
国を代表する大きな学び舎の中庭では、一つの事件が起きていた。
実は、学園の中庭で、アリルという女生徒が無断侵入した不審者によって人質にされていたのだ。
「アリル、やっと話ができるなぁ」
「やめて! 落ち着いてください!」
アリルの首には、刃物がつきつけられている。
その刃物は少し動かせば、喉を切り裂いてしまう位置だ。
ナイフをつきつけられているアリルは蒼白になっている。
そんなアリルは、美しい見た目をした十四歳の少女だ。
青い髪に水色の瞳を持っている。
彼女の容姿は優れた芸術品の様で、遠くからでも人目を惹くような、輝く魅力があった。
そんなアリルを人質にしている男性は、つい数分前に無断でビジョンスター学校に入ってきた侵入者。
ビジョンスター学園には、学園の四方を覆うように、金網がはりめぐらされているのだが、その金網が老朽化していた。
目立たない所にある金網の下部に、大きな穴が開いていたため、不審者はそこから入り込んだのだった。
男性の年齢は五十代。
無精ひげを生やしていて、汚れた皺だらけの服を着ている。
それは彼を不審者と呼ぶには十分な要素だった。
それに加えて、男の目は血走っていて、顔は赤らんでいたため、誰がどう見ても怪しむ要素に事欠かなかった。
男性は、たまに訳の分からない言葉をしゃべっているが、興奮しすぎているのと、早口であるために、その言葉は言葉として聞こえない。
「……! ……!」
その言葉を間近で聞かされるアリルは、どうにか男性の言葉を聞き取ろうとしているが、努力は実っていない。
そんな二人の様子を、少し離れたところで冷静に見ているのはアリエルという女生徒だ。
アリエルは十五歳の少女である。
金色の髪に琥珀色の瞳を持ち、アリルと似た顔つきをしていた。
しかしアリルと違って、人目を惹くような美しさはなく、平凡な見た目である。
アリエルは、目の前の状況を見て考える。
この学校に不審者が入り込んでいるという現実は、かなりまずい状況だという事を。
アリエル達が通っている学校は、お金持ちの家の子供達が通う施設である。
上流階級の者達に、教養や社交性を身に着けてもらい、魔法などを学ばせるところ。
大切な子供を預ける側の親の心境を考えれば、今後は荒れる事が確定したも同然だった。
教師達は保護者の対応に頭を悩ませる事になるだろう。
多くはないが、中流階級の家も通っているため、それらの家庭が子供を入学させるために高いお金を払っているので、その分安全を保障してほしいと思うのは当然の事である。
アリエルは自身の友人の両親を頭に思い浮かべて、少しだけ学園に同情した。
友人の両親は、かなり子煩悩で、安全には神経質だったからだ。
しかしそれはほんの一瞬の事だ。
アリエルがそんな考え事をしている間に、不審者の男性は先ほどよりも少しだけ冷静になっていた。
口角泡を飛ばしながらだが、聞き取れる言葉を口にしている。
不審者は妹に強い恨みがある事を窺わせる口調で、アリルに向かって話し続ける。
「アリル、この性悪女め! 綺麗なその顔の下で、とんだ悪事を働いていたもんだ! よくも俺の心を弄んでくれたな。俺の事は遊びだったのかよ!」
不審者は、危なげな手つきで、持っているナイフをアリルの喉に向け、さらに近づける。
唾を飛ばしながら喚く不審者は、少し前まではアリルに熱を上げていたが、今は愛情がまったくなかった。
敵意のこもった視線から、相手に対する情は見えない。
ナイフを突きつけられている側のアリルは、オロオロとした様子で「やめてください! こんな事をしても何もなりませんよ」と言う。
人質になっているアリルは、アリエルの妹だ。
普通ならここは、アリエルも狼狽するところだった。
しかし、アリエルはその様子を冷めた目で見つめるのみだ。
冷静に周囲を観察し、不審者やアリルの行動を観察している。
次第に、騒ぎに気付いた学園の生徒者達がその場に集まってきた。
「なんて事だ、アリルが人質に取られているぞ!」
「不審者が学園に侵入してるわ! 誰か先生と警備員を呼んで!」
「かよわいアリルを人質にとるなんて、なんて非道な奴なんだ!」
その場に集まってきた達は大声で騒ぎ、不審者を刺激する。
生徒達から何か言葉を投げつけられるたびに、不審者は額に青筋を浮かべたり、落ち着きなく視線をさまよわせる。
ナイフを持った手の震えが大きくなり、アリルの喉を傷つけそうになった。
その様子を見ていたアリエルは呆れる。
「どうして逆効果だって分からないのかしら」
呟くアリエルは、気をしっかりともってから、自らの右腕を見た。
肩に近い位置に、ナイフで切り裂かれた傷後がある。
真っ赤な血がそこから流れ出していた。
左手で抑えているが、血が流れ続けている。
赤い血はアリエルにとってトラウマだった。
子供の頃、アリルに殺された野良の黒猫の姿が頭の中によみがえるためだ。
「傷の状態はそんなに深くないみたいね。これなら当分は大丈夫のはず」
血の気が引く思いをしながらも、アリエルは自分の傷の状態を見て、そう判断する。
つい数分前、不審者がアリルを人質にとる前に、アリエルは怪我を負わされていた。
不審者がアリエルという邪魔者を追い払うとき、ナイフを振ったからだ。
しかし、集まった者達はアリエルなどは眼中になく、アリルの事だけを心配そうに見つめていた。
ちなみに、ここにアリルとアリエルがいたのは、今のこの状況とはまったく関係のない事が理由だった。
アリルの教科書がなくなったため、持ち主である当人が人気のつかないところでアリエルに行方を尋ねていたというのが理由だ。
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