第36話 シロツメクサの花冠(前編)
シオンの提案で外を歩くことにしたエリスは、本の貸し出し許可を得てから、侍女の元に向かった。
本を手渡し、「これからシオンと少し外を散歩しようと思うの。どれだけかかるかわからないから、あなたは先に戻っていいわ」と伝えると、侍女は戸惑いを見せたものの、
シオンの「姉さんは僕が責任もって送り届けるから、安心して」との言葉に納得し、ひとり帰っていった。
二人は図書館を出ると、図書館裏に広がる広大な公園の遊歩道を並んで歩いた。
今日は週に一度の休日のため、子供からお年寄りまで沢山の人たちが利用している。
遊具はないが、広場では子供たちがボール遊びをしたり、人工の小川で生き物を探したり、思い思いに遊んでいる。
遊歩道に沿って設置されたベンチでは、日傘を差した女性たちがおしゃべりに興じていた。
「本当にいいところね。今日は風も気持ちがいいし、絶好の散歩日和だわ」
エリスの言葉に、シオンが頷く。
「そうだね。こうやって姉さんと歩いていると、昔のことを思い出すよ。母さんが生きてた頃は、よく三人で散歩したよね」
「そうね、懐かしいわ。海が近かったから、夏は毎日のように浜に出て。お母様は自然を愛していらっしゃったから、一緒に海にも潜ったわよね」
「うん、よく覚えてる。父さんは『野蛮だ』っていい顔しなかったけど、自分で捕まえた魚を焚火で焼いて食べたのは、すごくいい思い出だよ。塩しか振ってないのに、すごく美味しくてさ。感動したなぁ」
そう言って懐かしそうに目を細めるシオンに、エリスの心には、嬉しさと同じくらい、切なさが込み上げた。
(実際のところ、シオンは祖国についてどう思っているのかしら……)
シオンは宮廷舞踏会の夜、「祖国のことなんてどうだっていい」と言ったけれど、本当は違うのではないか。まだ彼の中には祖国を愛する気持ちが残っていて、祖国に帰りたいと、そう願っているのではないか、と。
だとしたら、自分はシオンに何をしてあげられるだろう――。
エリスがそんな風に考えていると、シオンが突然遊歩道を外れ、芝生の中に入っていく。
そして地面に座り込むと、何やらいそいそを手を動かし始めた。
いったい、どうしたというのだろうか。
「シオン?」
不思議に思ったエリスは、シオンに近づいていく。
するとシオンは、シロツメクサで冠を編み始めていた。
「あなた、それ……」
「うん。姉さんが、母さんと一緒によく編んでた冠だよ。あの頃は僕、上手く作れなくてさ。でも、今は作れるようになったんだよ」
「……そう。懐かしいわね」
シオンの言葉に、幼い頃の記憶が蘇ってくる。
明るく朗らかで、いつも笑顔を絶やさなかった母親の姿が――彼女と過ごした幸福な日々が、次々に蘇る。
その思い出をなぞるように、エリスも芝生にそっと腰を下ろし、シロツメクサに手を伸ばした。
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