第11話 それぞれの葛藤(中編)

 ◇



 一方その頃、アレクシスは夜の庭園にいた。


 まさかセドリックがシオンに昔話を語っているなどとは少しも考えず、彼はエリスと腕を組み、月明りの下、夏の夜風に当たっていた。


 ――が、二人の間に会話らしき会話はない。

 どころか、どこか気まずい雰囲気すら漂っている。


 その理由は、アレクシスの「シオンを小姓にしようと思っている」という発言を聞いたエリスが、突然黙り込んでしまったからだった。



(……何だ? 俺は何か不味いことを言ったか?)

 

 アレクシスはチラリと横目でエリスを見下ろし、自分の発言を振り返る。

 が、先の言葉以外、特にエリスに何か言った覚えはない。――ということは、だ。


(まさかエリスは、シオンがここで暮らすことに反対なのか? それとも、俺の小姓にはしたくない、ということなのか……?)


 この二週間、どう見てもエリスはシオンを可愛がっていた。

 だからアレクシスは、喜ばれこそすれ、このような態度を取られるとは夢にも思っていなかった。



 沈黙に耐えきれなくなったアレクシスは、エリスに尋ねる。


「君は、シオンと暮らしたくはないのか?」


 するとエリスは、驚いたように顔を上げた。


「いいえ、そんなはずありませんわ……!」と。


 そして、思い詰めた様な顔で、こう続けた。


「殿下のお気持ちは、とても嬉しいです。けれど、あのような騒ぎを起こしたあの子を小姓にするというのは、わたくしにとっても、あの子にとっても、甘すぎる気がしてならないのです。それにあの子は、あまりにもわたしにべったりで……あのままでは、殿下のお役にはとても立ちませんわ」

「――!」

「申し訳ありません、殿下。この二週間、あの子を甘やかしてしまったわたくしがいけなかったのです。まさかあんなことを言い出すとは思っておらず……反省しております」

「……っ」


 突然の謝罪に、アレクシスは狼狽うろたえる。

 エリスがそんなことを考えていたとは思いもしなかったからだ。


 それに、どうやらエリスには、自分がシオンに甘いという自覚があった様子である。

 てっきり無自覚なのかと思っていたアレクシスは、何よりもそのことに衝撃を受けた。


(エリスは、思っていたよりもずっと冷静にシオンのことを考えていたんだな)


 ――だがしかし、自分はもう既に、「小姓になるか、今夜中に出て行くか、シオンに選ばせろ」とセドリックに命じてしまった。


 その言葉を今さらくつがえすというのは自分のポリシーに反するし、それに何より、アレクシスがシオンを小姓にすると言い出したのは、別にシオンがエリスの身内だったからというだけではない。


「エリス。君の考えは理解した。だが、俺の意見も聞いてくれるか?」


 アレクシスは、エリスと組んでいた腕をそっと放し、正面から向かい合う。

 するとエリスはこくりと頷いた。


 ――アレクシスは、冷静な声で告げる。


「確かに君の言うとおり、俺は甘いのかもしれない。実際、今の俺はシオンに同情している。侍女から『シオンが泣いた』と聞かされ、俺自身、十二のときに帝国を離れていたときのことを思い出したからだ。そのとき俺にはセドリックがいたが……六つという幼さで独り家を追い出されたシオンは、俺よりもずっと孤独だっただろう」

「……殿下」

「だからもう少しくらい、君と過ごす時間を与えてやってもいいと思った。とは言え、いつまでも客人として置いておくことはできないし、妃の弟を、使用人として雇うわけにはいかないからな。だからこその『小姓』だったが、実際に俺の世話をさせるつもりはないし、そもそも昼間は学院があるだろう。だから、あいつはあいつで好きに過ごしてくれればいいと思っている。――まぁ、あいつが小姓になることを望めば、だがな」

「――!」


 刹那、エリスはハッと息を呑む。

 アレクシスの語ったシオンの扱いが、想像よりもずっと優しかったからだ。


 だが同時に、彼女はとても心配になった。

 エリスの弟を『小姓』にするというだけでも身内びいきが過ぎるのに、更に客人扱いの待遇となれば、口さがない貴族たちは、裏でどんな噂を立てるかわからない。


 それが、どうしても気掛かりだった。


 すると、そんなエリスの気持ちを悟った様に、アレクシスはほんのわずかに口角を上げた。


 それはエリスが初めて見る、アレクシスの笑顔だった。

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