出会い(3)

 本日の『神』は、五人の男女で来店された。

 よく来る面子でもあった。『神』は一人で来店することも多かったが、誰かと来る時は、大抵この五人連れでやってきた。

 男三人に女二人。全員、『神』の連れなだけあって、華やかな見た目をしていた。いわゆる一軍というやつだ。とはいえ、『神』のレベルが違いすぎるために、一軍男女のはずが、ただの取り巻きにしか見えなかった。

 彼らはいつも騒々しかった。誠人が嫌いなタイプだ。美貌や学力、経済力をかさにして、自分たちこそ世界の中心と言わんばかりの顔をしていた。劣等感と僻み根性と言われればそれまでだ。ただ、誠人と同様に感じるバイトはおり、『神』の来店は期待しても、彼らの来店は望まない者も多かった。


 今日も彼らは人の増えた店内を騒がしく物色している。

 他の客やスタッフが、つい『神』を見るたびに、優越感の滲んだ笑みを浮かべ、無意味に『神』に触れたりして、その親密さをアピールしていた。


「さすが、『神』は人間できてるねえ」

 のんびり徳田が小声で評価する。

 友人たちのあからさまな態度に、当の本人である『神』が気づかないはずがないが、『神』は嫌な顔ひとつせず、上品に笑っていた。誠人は顔をしかめた。友人たちのその態度だって、ただ利用し返しているだけかもしれないのに、どうして周りの連中は『神』ばかりを良いやつだと思うのだろう。

 その理由を、誠人だって頭では分かっているのだが、どうにも感情の方は追いついてこれなかった。


 しばらくして、商品を決めた連中がレジに並ぶ。

 セルフレジに行けと誠人は願ったが、あいにく、他の客が利用していたため、結局『神』は誠人のいる有人レジにやってきた。


「これ、会計お願いします」

 いつも通り、爽やかで、丁寧な口調。

 『神』に会いたがっていたお姉様方が、誠人に嫉妬の念を送る様が頭をよぎった。

 『神』はいつも通り、サラダチキンとミネラルウォーターをカウンターに出した。『神』の購入品は、だいたいこの組み合わせが多かった。時々、豆腐バーやコンビニコーヒーを買うこともあったが、友人たちのように、惣菜パンやカップ麺を買うことは一度もなかった。

(食生活まで人外なのかよ)

 密かに苛つきながら、しかし笑顔は絶やさず、誠人はスキャナーで商品のバーコードを読み取った。


 誠人が「お会計」と言うよりも先に、『神』の後方から茶々がはいった。

「ユタカ、何買うの?」 

 どうやら、『神』の名前はユタカとらしい。友人からの問いかけに、『神』は後ろを振り向いた。

「うわ、またサラダチキンじゃん!」

「これ、美味しいんだよ」

 優しく微笑んで『神』は言った。

 うまいからなんだよ、と誠人は思った。

 珍しく、その意見は『神』の友人達と一致したらしい。後ろに並ぶ連中は、一様に不味いものでも食べたような顔付きをした。


「いや、美味くても、量な! そんなんで、食った気ぃすんの? モデル飯じゃん」

「足りなきゃ、後で食べるよ」

「えー無理無理。俺はカップ麺なきゃ死ぬ」

「おめーの腹と違うんで。ユタカの腹みたことないの? すげーマッチョよ。あたし、腹割れてるやつ、初めて見たもん」

「はあ? 嘘っしょ。ユタカもやしっこじゃん! 腹割れてるわけ……って、マジだー?! いつの間に!?」

「いや気付くのおそくね? もやしっことかどこ情報なん?」

「いやぜってーちょっと前はもやしだったって!」

「はいはい。ユタカがもやしなら、お前は繊維そのもんだわ」

「ぎゃはは、えぐー!」


 あー! どうでもいー!

 笑顔を張り付かせて誠人は思った。

 なんだこいつら、うぜーな。家帰ってからやれ!

 昼のピーク時を少し過ぎた時間と言えども、レジ前でイチャイチャガヤガヤ、雑談されることほど迷惑なことはない。

 笑顔を崩さず対応するのも大変だ。『神』の支払いを待ちながら、レジ袋がいるか聞こうとしたところで、困った表情をした『神』が後方の友人たちに向かって言った。

「お前ら、ちょっとうるさいよ。静かにしなきゃ、迷惑じゃん? ほんとすみません、ええと――もずめ、さん」

 と、小首を傾げながら、誠人の胸にある名札を読み上げ、伺うように、顔を覗き込んできた。


 ぎょっとして、誠人は上体を後ろにそらした。

「いや、お前、びっくりしてんじゃん! かわいそう〜」

「ユタカは自分の顔がいいこと、時々分かってないもんね」

 再び店内がけたたましくなる。

 心配した徳田の視線を感じたが、誠人は何も言えなかった。

 ゲラゲラと笑う『神』の友人たちは、誠人が引いた理由を「顔面偏差値の高い相手が至近距離に来たから」だと勘違いしたようだ。

(ちげーよバカ。いつか騙されて後悔しやがれ)

 緊張と、僅かな恐怖心から、誠人の心臓がバクバクと鳴る。

 いいよな、お前らは。んだから。


 小さく深呼吸をした後、気を取り直した誠人は、なんとか『神』のレジをやり遂げた。 

「ありがとうございました」

 『神』の返事はいつも通りだった。

「ありがとうございます」

 その後、ガヤガヤとうるさい友人たちのレジ打ちに移ったが、むしろその間は気楽だった。

 動揺して、誠人の笑顔はすっかり消え失せてしまっていたが、友人たちは全く気にする様子もなく、むしろそれにすら、優越感を抱いているように、ニヤニヤ笑い、来た時と同じぐらい騒ぎ立てながら、店外に向かって歩いていった。


 最後の連れの会計をすましたあと、誠人はうんざりした気持ちを抱いたまま、改めて、『神』の後ろ姿を直視してみた。

(どう見たって真っ黒じゃん)

 連中は自動ドアを出て、各々、買った商品に口をつけ始めながら、雑誌コーナーの窓ガラスの前に立って談笑していた。


 普通に見ればありふれた光景だ。だが、誠人の目には彼らの様子は違って見えた。

 連れの様子は特筆することもない。薄っすらとした、灰色の影が、変わり映えなく彼らの周りを取り巻いている。

 問題があるのは『神』だけだ。

 誠人の目には、『神』の周りを、黒い影が取り囲んでいるように見えていた。

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