メンヘラ彼女《モンスター》テイマー
UMA20
第一章 メンヘラモンスターテイマー
第1話 無能な俺
「はぁ……はぁ……」
ゼエゼエと肩で息をする。たったこれだけの、たったの数メートルを走っただけで、全身が悲鳴を上げる。隣を駆け抜けていく他の冒険者たちは、まるで風のように軽やかだ。俺だけが、一人息をあげて、足枷でもついたように足が重い。
ここは冒険者ギルドの訓練場。新米冒険者たちが、来るべきモンスターとの戦いに備え、日々汗を流す場所だ。
「アクス、また最初に息をあげてるな。いつまで経っても、体力がつかねぇな」
ベテランの冒険者が、呆れたような顔で俺に声をかけてきた。
「戦うのはもちろん、いざモンスターに襲われた時に逃げ切れねぇぞ」
「逃げ前提かよ」
「当たり前だ。なんたってお前は“テイマー”だからな」
テイマー。
それはモンスターを使役し、主従関係を結ぶ能力を持った者らのことだ。
テイマーと言ってもテイムの方法は様々で、普通の戦闘職に比べると複雑だ。
一方で俺の能力はわかりやすい。
俺に屈服、あるいは好意を持つ者の頭部に触れることで印をつけ、その相手を使役するもの──らしい。
なぜ不確かな言いようかといえば。
「そもそもモンスターをテイムしたことないなら、まずスタート地点にすら立ててないけどな」
その言葉は、痛いほど俺の胸に突き刺さる。分かっている。分かっているんだ。俺には、冒険者としての才能が、何一つないことを。
俺の名前はアクス・レントヴァル。冒険者ギルドに籍を置くテイマーだ。だが、その肩書きさえも、まるで俺の無能さを嘲笑うかのように、使えたものではない。
剣術の訓練では、他の誰よりも早く木剣が重くなり、腕が上がらなくなる。魔術の訓練では、簡単な火の玉一つ出すのにも四苦八苦し、結局は魔力枯渇で倒れる始末。
体力もなく、魔力もなく、何もない俺が唯一発現させた固有能力がテイムだった。これだけは、他の誰にも真似できない、俺だけの力だ。これでなら、何もない俺でも、誰かの役に立てるかもしれない。そう信じていた。
だが、それもまた、現実は甘くなかった。
闘技場での訓練を終えて、俺はギルドが所有する薬草の群生地へとやってきていた。
モンスターと戦う手段を持たない俺は、冒険者なりたてですら入れる、最も低い等級の五等危険区域にすら入れない。
許されているのは山菜と薬草採り。あとは鉱石採掘か。
『アクスさんの力は服従させるものではありません。隷属の属性が確認出来ませんでした』
初めてギルドに来た時に、受付嬢に言われたことを思いだす。
テイムの能力であればそのほとんどが隷属させる力を持つ。
だが俺にはその強制力がないらしい。
『その分、印をつける相手に制限はないようですね。隷属させるものではないということは、それ以外の用途があるということではありますが……まず、結論から。貴方は冒険者に向かない』
その受付嬢の言葉を一年前に受けてから、俺は寝るのが嫌いになった。
身体は意思に反して疲れていく。
きっと今日も、気づく間に夢の海底へと落ちていくのだろう。
日が暮れるまでひたすら薬草を採る。地味で、危険も少ない仕事だ。他の冒険者からは「花摘み屋」なんて揶揄されることもある。それでも、ギルドに貢献できる唯一の仕事だった。
慣れた手つきで、薬草を根元から引き抜く。
「いて」
土に指を突っ込んだ瞬間に、枝でも刺さったか。指先には、土と草木の匂いが染み付き、滲むように赤が侵食していく。
その上に水が落ちる。雨か。いや、晴天だ。雲ひとつない良い天気だ。他でもない、俺の目尻から溢れたものだと気づくのは、すぐだった。
「くそ……ちくしょう」
こんなことをするために、俺は冒険者になったんじゃない。勇者のような活躍を夢見て、この世界に飛び込んだんだ。
ふと、手のひらに視線を落とす。握りしめた拳には、もう剣を握る力も、魔法を放つ魔力もない。ただ、薬草の根っこがべっとりとこびりついているだけだ。
「くそっ……!」
思わず、地面に拳を叩きつける。
じんわりと広がる痛みに耐えられず、手をさする。
この程度ですら痛みを感じる俺は、信じがたいほどに、凡人だった。
–
夕暮れ時、ギルド内はいつものように活気に満ちていた。酒を酌み交わす冒険者たちの喧騒、依頼を報告する声、新たなクエストを探す者たちのざわめき。そのすべてが、俺には遠い世界のことのように感じられた。
それはいつまで経っても、変わることはなかった。
俺は薬草をカウンターに提出し、今日の報酬を受け取った。わずかな金貨が、掌でカチャリと音を立てる。これでは、生活費を稼ぐのがやっとだ。
「アクスさん、お疲れ様です。今日も大量ですね」
「セーラさんだって。朝から晩までお疲れ様です。俺のはもう、ほら、引っこ抜くだけなんで」
ギルドの受付嬢セーラが、労いの言葉をかけてくれる。
彼女は二年前にギルドに入った若い受付嬢だ。俺の冒険者稼業が始まってからのほぼ全ては、この人と共にあったと言っても過言ではない。
彼女の優しい声が、俺の1日の始まりと終わりを告げれるのだ。
「それが凄いんです! 普通はこういった作業を任せるのはもっと勉強してからじゃないとダメなんですよ。王立学院の教授でやっと薬草を見分けられるんですから。それを独学で完璧に薬草だけを摘んでくるアクスさんはもっと胸を張るべきです!」
「あ、あはは」
凄い押してくるな……。
なぜかセーラは俺のことを高く買ってくれていた。
正直薬草集めなんか慣れればすぐ見分けられる。
大学とか教授とか、難しい言葉が羅列されているから、忌避する人間がいるだけだろう。
「旦那旦那」
セーラとの談笑を邪魔してくるのは一体誰だ。
と、俺の肩を叩いてきた無作法者を思い切り睨みつけてやればそこにいたのは一羽のワシだった。
「なんだ。ワシズラか」
「鷲なんだからワシズラなのは当たり前じゃろうが。ワシの名前はシズラだ」
俺の横、カウンターに乗るのは巨大な鷲だ。
シズラはギルドが飼っている緊急連絡用のモンスターであり、魔術による通信が困難になった時に助けてくれる俺らのパートナーだ。
何でも時速100kmで飛ぶことができるらしいが、その姿を俺は見たことがない。
そもそもここから出ていったところも見たことがない。
出不精というやつだ。
「いいや違うぜ旦那。ワシは仕事がないからここで暇しとるだけじゃよ。そもそも緊急用なんじゃ。ないに越したことはないじゃろ」
「そりゃそうだ」
「良いなぁ。私もシズラさんとお話ししたいです」
シズラと話している俺を羨ましそうに見つめるセーラ。
そう。彼女はシズラの声が聞こえない。
コレは偶々俺がテイムして印をつけた影響で、俺とシズラだけが会話出来るようになったのだ。
「はは。話せるだけでなーんも強制力ないがの。野生のモンスターにテイムを使ってみろ。ニンゲンクウ、ニククウ、しか言わんぞきゃつら」
「え、え、どうしたんですかシズちゃん! お顔が不細工です!」
きゃっきゃっと食欲に生きるモンスターの真似をするアホ面のシズラ。
セーラからすれば、普段厳つい顔した鷲が突然アホ面をかますという状況だ。
カオスなことこの上ない。
「それじゃあ俺は行きます。また明日」
お金は貰った。
明日も朝から鍛錬をしないといけない。
体力はあるに越したことはないのだ。
「あ……ま、また、明日」
「旦那……」
セーラとのシズラに見送られてギルドを後にする。
セーラの、俺を買ってくれる気持ちは嬉しいが、こんな生活には満足していない。もっと、命がけの冒険をして、大金を稼いで名を馳せたい。だが、それを口にする資格は、今の俺にはなかった。
街の喧騒は、既に夜だというのにも関わらず賑やかだった。
大通りには様々な人々が行き交い、それぞれが自分の人生を謳歌している。俺だけが、その人生を全う出来ていない。
不満を抱えて生きているのだ。
「触るんじゃねぇ! 気持ち悪いんだよ!!」
そんな中、一際聞こえる大きな声。
「重いんだよ! 面とスタイルが良いから付き合ってやってたが、もう耐えきれねぇ!」
「ねぇー早く行こうよじゅんちゃーん」
珍しいと様子を見にいけば、そこは路地裏だった。
粗暴そうな男と、その男の腕を抱きしめる女。
そしてそれを眺める女が一人。
修羅場というやつだった。
「じゃあな。二度とその面見せんじゃねぇ」
一人取り残された女は何か言いたそうに手を伸ばしたが、掴むのは僅かな空気のみ。
空間をすり抜ける彼女の手には虚しく何も残らなかった。
路地裏には、女性だけがぽつんと取り残された。
そのあまりの居たたまれない姿に思わず俺は少しだけ声をかけようか、迷い、彼女の顔が見える位置に移動した。
そして。
彼女の容姿に言葉を失った。
ロングの黒髪は流れる川のように滑らか。光を呑み込むハイライトを失った漆黒の瞳は、危うげな魅力を感じさせる。
身長は俺より高く、百八十センチほどだろうか。
長い手足。ベルトで所々を締め付けている服装のせいか、胸も尻もコレでもかと強調されている。
影からその様子をじっと見つめる。まるで嵐が去った後のように、彼女の周囲は静まり返っている。
俺はどこか恐怖を感じていた。関わってはいけない、と本能が叫んでいた。このまま、気づかれないうちに立ち去ろう。そう思ったその時だった。
彼女の感情の見えない瞳から一雫がこぼれ落ち。
「殺す……地の果てまで追いかけて。それで私も死にましょう……! あは、あはははは!!!!」
そんな物騒なことを笑いながら言っていた。
闇に染まった夜天に向かって、高らかに笑いながら、彼女はさながら壊れたおもちゃの如く笑い始めた。
おかしくなってしまったと思った。
その場から早く立ち去らねば。
本能が告げるように俺も踵を返して。
でも。
「うっ……うっ……どうして」
絞り出すような、泣き声に俺は思わず彼女の手を取っていた。
狂気を孕んだ笑い声はいつからか、悲哀を孕んだ嗚咽に代わっている。
ただ静かに泣き続ける彼女の姿が、俺の目に焼き付いて離れなかった。あまりにも悲しそうで、あまりにも孤独に見えた。
それがどこか、いつもの俺を見ているようで。
「大丈夫、ですか?」
無意識のうちに、手を取ってしまったのだ。
その瞬間、彼女が視線を合わせてきた。
涙で濡れた漆黒の瞳が、真っ直ぐに俺を見る。その瞳は、吸い込まれるような暗闇を湛えていたが、同時に今まで見たことのない、強い“執着”の光を宿していた。
これが無能なテイマーと、最強のメンヘラモンスターの、奇妙で歪んだ関係の、始まりだったのだ。
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