魔石の聖女様の異世界メガネ化計画 ーゴミを磨いていたら神レンズができましたー

海野アロイ

1.魔石お嬢、実家を追放されるも辺境で奇跡の石と会う


「私はここに宣言する。私の義理の娘、ミカ・ケルステンを一族から勘当し、辺境の地に送ることを!」


 それは私が16歳の誕生日を迎える前日のことだ。

 私の義理の父は一族郎党の前で大きな声を張り上げた。


「婚約破棄された貴様に用はない。今まで我が亡き兄上の面目のために育ててきたが、お前はケルステン家の汚点だ!」


 彼は怒り狂っていた。

 それもそのはず。

 嫁がせようとしていた辺境伯から、婚約破棄のご連絡があったからだ。


 破断の理由はとんでもないものだった。

 私は目が悪く、遠くが若干、見えづらい。

 どうやら、それが子孫に受け継がれるのではないかと危惧されたのだ。

 あるいは魔法がほとんど使えないのもあるかもしれない。

 早い話、私は政略結婚にも使えない女だった。


「父上、やっと決断されたのですね」


「魔石娘の妹だなんて言われて、私たちも迷惑していましたし」


 私の義理の妹たちは笑顔を見せる。

 義母と同じように派手好きな性格で、私と彼女たちとはウマが合わなかった。

 

 でも、一番の問題は私の趣味にある。

 私は魔石が好きなのである。

 この世界では魔石と呼ばれる石が採れる。

 それらのうちいくつかは、念入りに磨くと光り輝くのだ。

 家に味方のいない私にとって、コツコツと魔石を磨きあげることはひそかな楽しみだった。

 

「まったくですわ。あんな魔物の残骸を集めるなど、野蛮な連中のすること。家格を落とすというものです」


 義理の母が扇を仰ぎながら嫌味を言う。

 魔石の多くは魔物から獲れるため貴族からは野卑なものとみられることも多い。

 実際には魔道具の動力源になっているのだが、彼女にとってそんなことはどうでもいいのだろう。

 

「貴様の気持ち悪い魔石は全て廃棄する! 貴族にあるまじき行為だ、恥を知れ!」


「そ、そんな……」


 婚約破棄された時よりも遥かに大きなショックが私を襲う。

 私の魔石コレクションは10年近い時間をかけて集めてきたものだ。

 私の生きている意味、私のこれまでのあゆみ、そのすべてが凝縮されているというのに。

 血の気が一気に引いていく。


「何の役にも立たんガラクタばかり集めおって!」


 しかも、あろうことか、である。

 義父は私の部屋に飾ってあった魔石を使用人に持ってこさせ、床に投げつけて砕きはじめたのだ。

 う、嘘でしょ!?


「それはあんまりです、やめてくださ、きゃっ!?」


 あまりの仕打ちにすがりついて止めようとする。

 しかし、私の小さな体では熊のように大きな義父には敵わない。

 ぴしゃりと平手打ちされてしまうと、恐怖で動けなくなる。


「貴様のせいで、第一王子からの心証が悪化したではないか! 愚か者が!」


 義父は魔石をゴミでも扱うように砕いていく。

 私は放心状態でそれを眺めることしかできなかった。


「それと、貴様には慰謝料も請求させてもらうからな! それを稼ぐまで都には戻れないと思え!」


 さらに押し付けられたのは大きな負債だった。

 とても私一人で返せるとは思えないほどの金額の。

 私の本当の両親は十数年前に疫病で死に、それから私は父の弟に引き取られた。

 針のむしろではあったけど衣食住を保証してくれたことに感謝はしていたのに。

  

 横暴な義父に嫌味な義母、馬の合わない姉妹。

 それなのに何も言い返せない自分が悔しい。

 親族たちも薄ら笑いを浮かべて、味方はどこにもいない。


「あらあら、泣いてますわよ」


「今さら泣き落としでしょうか。品のないですこと」


「ゴミを片付けただけじゃないの」


 義母や妹たちの笑い声を聞きながら、私は自室へと戻る。

 そこにあるのは、がらんどうの粗末な棚。

 母親の形見の魔石もなくなっていた。

 私はへたへたと床に座り込んだのだった。




「やっと着いた……」

 

 涙も枯れ尽きた私が向かうのは、フィルナスという村らしい。

 らしいというのも当然で、行ったこともなければ、聞いたこともない。

 私の家の領地の端っこ、国境付近の小さな村なのである。

 住んでいた都からは馬車で数十日の距離。

 村の入り口に着くころには体中が痛くなっていた。


「お嬢、元気を出すのじゃ。生きていればきっといいことがあると、亡き母上も言っておったのじゃ」


 私についてきてくれたのは、メイドのサチだ。

 彼女は見た目は私よりも年下なのだが、実年齢は相当に上だ。

 私の母の連れてきたメイドであり、彼女が亡くなった後は私の世話係として残ってくれた。


「優しいことを言ってくれるのはサチだけだよぉ」


「ふふふ、わしに任せるのじゃ! こう見えても220年は生きておる!」


 心細くなった私はサチの手を取る。

 さながら私は妹に泣きつくお姉ちゃんである。

 情けないことこの上ないが、今の私が頼れるのはサチだけなのだ。

 うぅ、負債のことを考えると頭が痛くなる。


「よし、さっそく村のものに挨拶をするのじゃ! そこの人、ちょっと尋ねるのじゃがここはフィルナスの村であっておるのかの? ふむ、どうしたのじゃ? 言葉が通じないのか?」


 サチは自信満々に胸を張って、村の入り口で挨拶をする。

 挨拶をするのは大事なことだと思う。


 しかし、サチよ、あんたが今、挨拶をしているのは村の入り口にある立て看板だ。

 そう、お察しの通り、サチは目が悪かった。

 私ほどじゃないけど、加齢によって目がみえにくくなっているのだ。

 ひょっとしたら、義両親は厄介払いするのにちょうどいいと思って、サチを私につけたのかもしれない。

 

「サチ、入り口はこっちみたいだよ。入って、村長の人に挨拶しよう」


 私はサチの手を引っ張って、村の中に入る。

 すぐに分かるのは、生気がほとんどないということだ。

 馬車の中で情報収集をしたのだが、フィルナスという村は昔はそれなりに有名な職人の村だったらしい。

 しかし、魔物と戦乱とで荒廃し、今は数十人しか村人は残っていないのだとか。


 戦々恐々として村に乗り込んだが、村の状態は想像以上に悪かった。

 まず、人がいない。

 いても、大半はお年寄りなのである。

 うわ、やば。

 冷や汗が出てきそうだ。


「お、おぉ、ミカ様! お話は伺っております。こんな何もない村にようこそおいでくださいました。難儀でしたなぁ」


 一つだけいいことがあるとすれば、私を迎えてくれた村長さんはいい人だったという点。

 白いひげが地面にくっつきそうなほど長い、伝説の魔法使いみたいな外見のおじいさんである。

 彼が言うに、この村には私の祖父が建てた屋敷があって、そこに寝泊まりできるとのこと。


「家があるとは助かったのじゃあ」


 サチも嬉しそうな声を上げる。

 そうだよね、さすがに野宿はきついよね。

 

「昔は職人もたくさんいたんですが、最近じゃ仕事も減ってしまいまして情けない話ですじゃ」


 村長さんは私たちに村を案内してくれる。

 道すがら目にするのは、道端でぼぉっとしているお年寄りの姿だ。

 私を見る目も冷たくて、何しに来たんだって言われているように感じる。

 いや、事実、そうなんだろう。

 私はよそ者なのだから。


「……あれ?」


 その時である。

 もともとは工房だった建物の裏手に、丸いものを見つける。

 直径15センチ程度のどんよりと濁った色をした石である。

 なんだかオーラを感じる石、たぶん、魔石だっ!


「ねぇ、村長さん、これ、もらってもいい? いいですよね!?」


 石マニアとして、好奇心がくすぐられる。

 今まで何百種類も魔石を見てきたけど、新しい石との出会いに胸は高鳴る。


「おぉ……それはスライム石、何の役にも立たないゴミでございますがのぉ。もっていってくださって構いませんよ」


「ありがとうございます! やったぁ!」


 何はともあれ、魔石をゲットである。

 どんなに辛くても、悲しくても、石を磨けば少しは心が晴れるってものだ。

 うへへ、嬉しい。

 いかんいかん、思わず下品な声が出そうになる。

 私は令嬢だったのだ、一応。


「お嬢は相変わらず、もの好きじゃのぉ。まぁ、気が晴れるならええんじゃが」


 サチはそんなことを言うけど、その目は笑っていた。

 私が少しだけ元気を取り戻したからだろうか。

 そう、私はワクワクしていた。

 ゴミ扱いされている石でも磨けば光るかもしれないし。


「それじゃ、磨いてみるね!」


 屋敷に到着した私は休憩もそこそこに石を磨くことにした。

 私は三度のご飯よりも石を磨くのが好きだ。

 魔石磨きの用具は机の中に入れていたので、義父に捨てられなかったのは不幸中の幸いだった。

 やすりを取り出すといざ、石に向かう。


『ココを割って研ぐといいンゴよぉ……』


 呼吸を落ち着けて精神集中をすると、私の内側に声が響いてくる。

 どんな風に削ればいいか、どんな風に磨けばいいか。

 それが手に取るように分かるのだ。

 これが魔石磨き10年のキャリアってものなのだろうか。


『んにょほほ、いいンゴねぇ、それ最高ンゴぉ』


 それにしても、この魔石、ンゴンゴうるさい。

 ここまで声が聞こえる魔石も珍しい。

 普通、石ってもっと硬派な声を出すものなのに。


 せこせこと魔石を磨くこと1時間ほど。

 そして、私は思わず声を上げる。


「あ、これ、レンズじゃん! ……あれ? レンズって何だっけ?」


 この石ころ一つで、世界がこんなにも変わるとは、その時の私は知る由もなかった。

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