第12話:英雄の処遇

 正午過ぎ、王都ベルメリアの評議院。

 金と黒の大理石で造られた巨大な議事堂の中心には、半円形に並んだ50名以上の評議員たち。


 中央に置かれた1つの椅子に、涼真は無言で座っていた。


 窓からの陽光が照りつけていたが、彼の顔は暗い影の中に沈んでいた。

 その表情は、何も語らず、何も拒まず――ただ、抜け殻のようだった。


「本日の議題は、“勇者・日向涼真”の戦闘継続適正について――」


 高位評議員の一人が声を上げると、空気が張り詰めた。

 

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「まず、前回の廃都フェリオスでの戦果について。

 敵中枢へ通じる拠点制圧は失敗、撤退命令により再構成中。

 戦力損耗率は予測以下である一方、勇者本人による行動不能が確認されております」

「この“行動不能”とは具体的に?」

「勇者殿は、爆裂魔法による重度の焼傷を受けたのち、戦闘判断を完全に喪失。

 その後の戦線では指揮を執らず、実質的に“存在していない”状態でありました」


 どよめきが起こる。


「勇者が……戦場で沈黙していたと?」

「ええ。文字通り。

 仲間たちが戦っている間、彼は爆裂魔法の負傷により気絶していたと報告されています」

 

 その証言に、涼真は何も反論しなかった。

 否定する気力も、言葉も、持っていなかった。

 ただ、こう思っていた。


(だって、仕方のないことじゃないか……)


 戦いも、血も、悲鳴も――すべてが遠く。

 自分だけが、別の時間を生きていたような感覚。

 だから彼は、ただ座っていた。まるで被告のように。


 

 議場の奥。セリア・ナウメリアが一歩前に出た。


「私は、遠征に同行した記録官として報告します。

 勇者・日向涼真殿の戦闘不能状態は、肉体的回復とは別に“精神的限界”によるものと断定できます」


「つまり……?」


「彼は、“勇者でいることそのもの”に耐えきれなくなっているのです」


 騒然とする評議会。


「ならば、今すぐ交代すべきでは?」

「新たな神の器候補が決まっていない現状で、それは危険です!」

「だが、勇者が勇者でいられないなら、我々は誰を信じれば――」

「彼はまだ、完全に壊れてはいない。

 ですが、このまま使命を強制すれば、いずれ――死よりも深い断絶に至るでしょう」

 

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 セリアの言葉が響いた直後、ようやく涼真が口を開いた。


「……俺……は……」


 掠れた声。

 議場が静まり返る。


「俺は……もう、人を救う自信が、ない……」


 沈黙。


「……レーナが、死んだとき……俺は、“俺が死ねばよかった”って思った。

 でも、そのとき誰も……“逃げてもいい”って、言ってくれなかった。

 誰もが俺を見て、“生きてて当然”“立ってて当然”って……そういう目で見てた。

 ……だったら、誰かがやればいい。俺じゃなくても……誰か、強いやつが……。

 ……俺はもう、誰かを背負うには、壊れすぎてる……」

 

 その言葉に、議場全体が凍りついた。

 涼真の目には、もはや戦う者の光はなかった。

 希望もなければ、怒りもない。

 ただ、静かに――「降りたい」という意志だけが、そこにあった。

 

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 議長が、ゆっくりと立ち上がる。


「……本会議は、“勇者の地位維持を凍結”とする。

 日向涼真殿には、休任を命じ、精神回復を優先とする」


 それは、英雄の“終わり”ではなく、“保留”だった。


 だが涼真にとって、それは明確な終了だった。


(……やっと、降りられるんだな)

 

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 議事堂を後にする帰り道。

 セリアが涼真に並び歩く。


「……それで、どうするつもりですか」


「さぁ……わかんない。

 何かをする気力も、どこかへ行く希望も、全部なくなってる」


「……それでも、生きてはいるのですね」


「……死ぬ勇気すら、ないからな」


 月が高く昇り、影だけが伸びていく。

 かつての英雄の姿を、夜が静かに包み込んでいった。

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