ファントム、尋問される9
「しかし、なんでお手紙出したわけ? 場所は特定出来たんだから、訪問すればよかったのに」
瀬尾の言葉に、セレスティーナは「そうね」と返す。
「でも、普通にお伺いしても入れてくれないでしょう?」
「そりゃそうだ」
茶化すように瀬尾はそういうが、セレスティーナは気にすることなく続けた。
「だから、向こうから訪ねてもらおうと思って」
「……なるほど」
彼女の意図を読み取ったのか、瀬尾はわずかに口の端を上げた。
「ちゃんと、逃げ道は用意してあげたんでしょ? 優しいマダムは」
「当然よ」
セレスティーナは、椅子に縛られたまま意識のない灰島を一瞥すると、部下の一人に静かに命じた。
「『アルファチーム』に連絡。作戦を開始させなさい」
セレスティーナの命令に、一つの画面から「Yes,Ma’am」とくぐもった声が返ってくる。
その画面にはナイトビジョン特有の、緑を基調とした映像が映し出されていた。
小さな衣擦れの音、そして声ではなく指で合図される作戦。
そこは深い森の闇に包まれた丘の上にある、廃天文台。それはまるで巨大な墓石のようにすら見える。だが、その静寂は突如として破られた。
いきなり響き渡る轟音。 天文台の周囲に張り巡らされた赤外線フェンスの一部が、指向性爆薬によって吹き飛ばされた。
「いつの間に手配したんだが。早いねぇ」
「待ってあげる理由が見当たらないわ」
セレスティーナはそう言い、楽しそうに画面を見つめていた。
画面には、国籍不明の戦闘服に身を包んだ武装集団が見える。彼らの動きは迅速だが、どこか荒々しい。銃の構え方、フォーメーションの組み方……、プロとして洗練されてはいるが、英国特殊部隊(SAS)のそれとは明らかに異なっていた。
「……アメリカのデルタか、あるいはCIAの特殊活動部かってところかな。みんな演技上手だね」
「プロメサーも、そう思ってくれるといいのだけど」
見る限り、使用する武器もやり方もMI6とは全く違う。けれど、向こうも沈黙し続ける道理もなく、森の木陰から自動で展開されたセントリーガンが火を噴いた。激しい銃撃戦が始まるが、武装集団は天文台の本体には深入りせず、派手に銃弾をばら撒いては後退する、という不可解な動きを繰り返す。まるで、本気でここを攻略する気がないかのように見えただろう。
「そうだねぇ。こう思うんじゃないかな? MI6のメールの直後に、CIAの襲撃なんてタイミングが良すぎる。だが、あの動きはMI6ではなかった。まさか、私の居場所は、すでに複数の組織に割れているというのか? ってね」
瀬尾の完璧な分析に、セレスティーナは満足げに微笑んだ。
「あなたの言う通りよ、クラブ。狐は巣穴の安全を疑い始めたわ。そして、疑心暗鬼に陥った狐を狩るのに、これ以上の好機はない」
彼女は、瀬尾に向き直った。その瞳は、獲物を追い詰めた狩人のように、冷たく輝いている。
「今よ。もう一度プロメサーにコンタクトなさい」
「はいはい。で、なんて送るんだ?」
「こう伝えなさい」
セレスティーナは、ゆっくりと、しかし絶対的な自信に満ちた声で言った。
「『どうやら、あなたにもうるさい客人が来たようね。アメリカもあなたの居場所を突き止めた。その要塞は、もはや安全な巣穴ではなく、あなたを閉じ込める棺桶よ。このままでは、いずれ狩られるだけ。……私の最初の提案、まだ有効よ。MI6と手を組み、安全な場所で『お話し』することが、あなたが生き残る唯一の道だ』と」
それは、勿論罠だ。しかし、四面楚歌に陥った(と誤認している)プロメサーにとって、その罠は、蜘蛛の糸のように甘美な響きを持っていた。
瀬尾は、にやりと笑いながらキーボードを叩き始めた。
「いいねぇ。プロメサーが武力を持っていてもCIAには勝てないだろうし、ロシアや北朝鮮と組むには危険すぎる。また対話のできるMI6なら、組んでもいいかな? とか思っちゃいそうだよねぇ」
そう言われ、セレスティーナは満足そうな笑みを浮かべ、瀬尾の打つ文章を見つめていた。
尋問室に、しばしの沈黙が流れる。モニターに映る天文台の映像は、再び静寂を取り戻していたが、その地下では、プロメサーが人生で最も困難な決断を迫られているはずだった。
やがて、瀬尾の端末に、短い返信が届く。
『……分かった。取引に応じよう。場所と時間を指定しろ』
セレスティーナは、その返信を見ると、勝利を確信して微笑んだ。 彼女は、意識のない灰島に歩み寄ると、その耳元で囁いた。
「残念だったわね、ファントム。あなたの仲間も、あなたの敵も、全て私の掌の上で踊るのよ」
彼女は、今や「プロメサー」と「ファントム」という、世界を動かす二つの最強のカードを手に入れたと、確信していた。
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