第379話 早く言ってよっ!!


 皇邸離れ屋。一言も言葉を発さないまま、ただ一人一人の息づかいだけが廊下に響く。とある一室。その部屋は団体の客人を通す部屋だ。そこの大きな扉を、秋蘭はガチャリと開けた。



「……お。やっと帰ってきた。おかえり」


「……杜真、大学は」


「〈ちょっと話したいことがある〉とか、絶対葵ちゃん関係じゃんと思って、すっ飛んできたんだよ」


「そうそう。俺何も連絡聞いてなかったから、家入れんのどうしようかと思ったぞ」



 杜真に紅茶を注ぐ楓は冗談交じりにそうぼやく。けれどみんなは、そんな空気になることはできなかった。楓が素で話しているにもかかわらず誰も何も突っ込んでこないので、二人は察して顔を強張らせる。



「……楓。父さんは」


「シランならは仕事中だ。新入社員の研修で、今日はそっちに付きっ切り」


「いつ帰ってくる」


「……数日は帰ってこない」



 その返答を聞きながら、秋蘭はみんなを席に着かせた。楓からのよくない返答に、大きくため息をつく。



「シン兄は……」


「全然。声掛けても返事すらしねえ」



 みんなは黙って秋蘭の会話を聞いていた。ただ、一人を除いて。



「え。ち、ちょっと何。信人さん見つかったの?」


「杜真のくせに知らないのか?」



 みんなの気持ちを代弁した秋蘭に、杜真は驚きを隠せない。



「み、みんなは、信人さんが見つかったって……生きてたって知ってたの」


「ま、まあ。実はねー……」



 そう返事をした圭撫を始め、みんなは杜真から視線を逸らした。杜真の目がとっても怖いから。



「いつ。いや、多分だけど夏か。熱海のあとすぐかな」


「逆に何でそこまで予想が付んだ……」



 秋蘭だけではなく、全員が杜真の推測力も葵に負けず劣らずで怖いなと思った。そんな杜真はと言うと、顎に手を当て少し思案顔。

 しばらく悩んで「よし」と。杜真はゆっくりと楓を見上げた。



「楓さん。俺から話してもいいかな。あのこと」


「ん? ……ああ、いいんじゃねえか? もうアキも知っていいだろう」



 何のことかわかった楓の表情は、やけにやさしかった。



「みんなは知らないと思うけど、熱海から帰ってきた次の日、俺は葵ちゃんとデートしたんだ」


「楓。杜真を出禁にしろ」


「待て待て。最後まで聞けって。デートの行き先はここだよ」



 秋蘭に続いてみんなもそのことに目を見開いた。



「……どういうことだ、杜真」



 何故デートにもかかわらずここへ来ていたのか。そして、どうしてそれに気が付かなかったのかと、秋蘭はいろんな意味でちょっとムスッとしていた。



「あの頃おかしかったお前を葵ちゃんが気にしてたから、楓さんと話をさせてあげたんだ。その時に葵ちゃん言ってたよ。『シン兄』ってご存じですかって。……それからすぐ信人さんと会ったのか。でもそうなると、葵ちゃんは信人さんの行方を知っていたということに……」



 みんながお互いに目を合わせて、これは言っていいものか悩んでいた時だった。



「杜真くん。それは、俺のことを葵が拾ってくれたからだよ」



 物音なく開かれたその扉の方へと、みんなは一斉に顔を向けた。そこには部屋から一切出てこなかった信人が、疲弊した様子で立ち尽くしていたのだ。

 ガタンッと椅子を倒しながら慌てて立ち上がり、みんながそれぞれ信人の名を呼ぶ。けれど彼はただ片手を挙げるだけ。疲れた様子のまま早々に席へと着いた。



「かえで~……。コ~ヒ~……」


「お前今までやってたんだろ? 自分でしろ」


「なんで自分にしないといけないの。俺が仕えるのは葵ただ一人だけだ」


「え? え……?」



 杜真は一人、目ん玉が落ちそうなほど信人の発言にビックリしていた。コーヒーを淹れてもらった信人はと言うと、ほっと息をつく。



「ちょっと待っててね。もう一息つかせ」


「シン兄、今まで何してた」


「アキ、ちょっと一息つかせてって言っ」


「何がヤバいんだ」


「だから、一杯くらいコーヒー飲ませてくれたっ」


「葵から伝言預かってる」


「早く言ってよっ!!」


「差別だッ」



 信人は葵の伝言が聞きたいとばかりに、コーヒーには口をつけずに秋蘭を急かした。そんな様子に、秋蘭だけではなくその場の全員が大きくため息をついていたけれど。



「葵は『それもわたしはちゃんと知っていた』と。そう伝えてくれと言われた」



 しかし、それを聞いた信人はただ、眉根を寄せただけだった。



「す、すみません信人さん。お久し振りで、お疲れのところ申し訳ないんですが……」



 隣に座ってくれた信人に、杜真はそう断りを入れる。しかし、話を聞こうとしたら、先に信人の方に質問をされた。



「ごめん。先にいいかな。杜真くんはどうしてこっちに? 君は徳島にいたはずでしょ?」


「桜の大学にしたのでこっちへ帰ってきたんです。一番の理由は、葵ちゃんのそばにいたかったからですけど」



 一瞬信人の雰囲気が鋭くなった。そしてすぐ、彼は鼻で笑う。



「まあそうだよね。キス魔になるくらいだもんね」


「え」


「勝手に葵にマークつけてくれちゃってさ。まあ俺もその後つけたけど。消毒は思い切りしたし」


「はい!?」



 そんなことを言い出すもんだから、男たちによるバトル勃発! しそうになったところでバンッ! と苛立ちを露わにテーブルが叩かれた。男たちは音を出した主へ、恐る恐る顔を向ける。



「信人さん。今あたしたちはそれどころじゃないんで、話聞かせてもらえませんか」


「……き、きさチャン……?」



 音の主は紅一点。そして、女王様である。ドスの効いた声で、紀紗は信人に言いながら、鬼のような形相は杜真へと向けていた。信人以外のみんなは、顔を引き攣らせながらゆっくりと静かに席に着く。楓はそんな紀紗に心の中で拍手を送り、信人は紀紗にやさしい笑みを向けた。



「お疲れだったね。紀紗ちゃん」



 そう言う信人に、紀紗はぷいっと顔を逸らした。みんなはどういうことかと目を合わすが、問いかける前に信人が自分の方へと視線を集める。



「生徒会メンバーに杜真くん。それから楓か。取り敢えず、この状況を把握しようかな」



 まず杜真を指名した信人は説明をさせた。杜真は素直に、「俺はアキから連絡があったので、葵ちゃん関係だと思って来ただけで、こいつらに何があったのかは知りません」と答える。

 その回答を聞きながら信人は少し冷めたコーヒーを啜って、みんなの方へと視線を流した。



「どーせアキが言ったんでしょ? だからみんながそんな顔をしてるんだ」


「否定はしない。でも、俺はシン兄が帰ってきたことは、みんなに言ってもいいと判断した」


「どうしてそう思った」



 だんだんと研がれる信人の雰囲気にみんなは居心地が悪くなる。でも秋蘭も負けるわけにはいかないと、拳に力を入れ真っ直ぐに信人を見つめ返した。



「葵が、シン兄に伝えてくれと。そう言った時、みんながその場にいたからだ」


「だからって言っていいの。葵は言って欲しくないかもしれないのに」



 食って掛かる質問にも、秋蘭は怯まなかった。



「葵はみんなが来てからそう言った。だから俺は、この間のことは別にみんなに言ってもいいんだと思った。それだけだ」



 秋蘭は真っ直ぐに答えるが、コーヒーを啜っている信人は伏し目になっていて、何を考えているのかわからない。

 しかしそのあとすぐ、わしゃわしゃと頭を掻き混ぜるように撫でられた。



「いやー成長したな! さっすが俺の弟っ!」


「……痛い」


「そうそう。そういう判断って大事なんだ。茜くんも、よく頑張ってるみたいだね」


「……! おれ、は……」


「謙遜することはない。だって理事長のところへ、圭撫くんと千風くん、それから桜李くんも連れて行ってくれたんだから」



 名前を出された三人と茜は大きく目を見開いた。誰かが言ったのかと視線を交わすが、それにはみんな同じように首を振るだけ。

 パンッと軽く両手を合わせ、信人は楓の方を振り返りながらにっこりと笑う。



「さてと。……楓? 気になるのもわかるけど、こっからは俺らで話すから」


「えー」


「ダメダメ。楓は他のお仕事行ってくださーい」


「へいへい。……まあ何かあったら呼べ。すぐ来っから」



 はじめは渋っていたものの、あっさりと楓は部屋を後にした。



「俺が知っているのは、内密に理事長と情報交換をしていたからだよ」



 楓が出ていったのを確認し、信人はゆっくりとみんなに話をした。ちらりと信人が翼を横目にとらえると、彼は驚きからビクッと体を震わす。流石に言いすぎたかと、自嘲気味に信人は笑みをこぼした。



「君たちのことは、残念ながら俺は聞ける状況じゃなかったから知らなかったけど。……よく頑張ったね、『お兄ちゃん』」



 翼と日向は、驚きに目を見張った。



「……っ、信人さん。あなた、やっぱり何かご存じで」


「それが君に話せるかどうかは君次第だ」



 翼と日向は眉を顰めながら、目配せをしていた。『それはもう、知っていると答えているようなものではないか』と。



「俺がやりとりしていることは、葵は知らないと思うよ。俺が理事長に乗った、、、んだからね」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る