第5話 同じ精神状態

《午後6時前》

公園の小さな時計台をチラつく。

(あと10分、か)

私は今朝座っていた茶色いベンチで孤独に彼女を待つ。願ってもない好機が待ち遠しいのか、額から汗が滲む。

(問題は山積みだ。けど1番の問題は関係を持った後。その後、ただ単に身体だけなのか、もしくはお付き合いすべきか。はたまた、上下関係になるのか、血縁関係のない親戚になるのか。最悪、今回限りで自然消滅するのか。)

私は金井ちゃんとの不安ルートを模索していた。

(ここまで不安になるのは初めて軍に入隊した日以来か?おっと、互いの正体すら不明ではないか。これじゃあ、初体験が黒歴史になってしまう。)

最高の好機には最高の結果を迎えたい。ここへきて私の悪い考え方の癖が出ていた。しかしそんな癖に陥っている暇もなく、金井ちゃんが目に映って来た。私は平静を装って手を高々に挙げる。気付いた金井ちゃんは近くまで足早に目の前まで寄る。

「やあ。本当に来てくれたんだ」

「ええ。まあ」

意外にも金井ちゃんは冷静に見えた。今朝と比較して、目も泳がずに私をジッと見つめ、汗が掻いていない。口調も音程もさっきの一言で落ち着いてるのが伝わる。

(開き直ったか?畜生。焦って緊張しているのは私の方じゃないか。提案者が犯してはならない精神状態ではないか。落ち着け。自分のペースで。)

「ああああ、ごめん。やっぱり詳細は家に着いてからでいい?」

「ええ、お構いなく」

「ありがとう。よし。じゃあ、まずは家まで一緒に歩こうか。もちろん手を繋いでね?」

自ら手を差し伸べるが、手汗から心理状態を知られる恐怖感があり、実際は差し伸べたくなかった。

「はい。喜んで」

しかし金井ちゃんはあっさり受け取った。瞬間、彼女の目が僅かに見開いた気がした。恐らく緊張していることがバレたに違いない。それでも金井ちゃんは変わらず接してくれた。

家に着く間、淡い沈黙が流れた。手を握ったまま視線はお互い下の鼠色のコンクリートを眺めていた。

(それにしても金井ちゃんの手、細くて小さい!しかも冷たい!やっぱり緊張して深呼吸して収めた後に私の前に現れたのだろうか?だとしたら嬉しいなあ。)

「ぶふっ」

思わず笑ってしまった。

「へ?」

無論、金井ちゃんは私をギョッと見つめた。

「ああ、ごめんごめん。何か嬉しくてつい」

フッと薄く笑って彼女は答えた。

「そうですか。実は私も何だか高揚してきました。さっきまで心臓が張り裂けそうなくらい緊張していたんですが」

「そうなんだ。まあ実を言うと私もさっきまでめちゃくちゃ緊張してました」

「やっぱり」

「やっぱり?」

「ええ。アカネさんの手を触れた時、汗でヌメヌメしてましたから」

「げっ。バレてましたか」

「はい。ただ意外にも気持ちは私と同じで、安心しました」

「ふーん。Thanks」

「ん?」

急に流暢過ぎる英語を発したせいか、金井ちゃんはワンテンポ反応が遅れる。

「ありがとう。金井ちゃん」

「え、ええ、こちらこそ」

(こちらこそ、かあ。結構優しい)

そう感激していると白の高層マンションが見えてきた。


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