第十五話:黒き塔
それは、まるで夜そのものが塔の形をして降りてきたようだった。
町の中心――旧区画に忽然と現れた“黒き塔”は、天を衝くほどの高さを持ち、表面は艶のない岩のような材質に覆われていた。
だがそれは石ではない。血のような呪力が脈打ち、壁面からは時折呻くような声が漏れてくる。
「これが……儀式の拠点」
瑠璃が呟いた。
「塔の根本に、霊脈が束ねられている。町のエネルギーすべてが吸い込まれてる」
白夜は地面に膝をつき、手をかざして周囲を感じ取る。
「入るしかないな。今のうちに、内部構造と結界の“核”を見つける」
俺は言った。
「だが、主……内部には、“選ばれし呪具”を持つ者しか入れない」
白夜が鋭く言った。
俺は黙って、腰から“あの灰色の護符”を取り出した。
まだ斎火から受け取った封呪が貼られているが、それでもかすかに脈動している。
塔の入口に近づいた瞬間――
音もなく、黒い扉が開いた。
「……通った」
瑠璃が目を見張る。
「俺が“器”だから、か」
自嘲気味に呟くが、笑えなかった。
俺たちは塔の内部へと足を踏み入れた。
中は、外見からは想像できないほど広く、構造が異常だった。
通路は何本にも枝分かれし、壁には無数の式が刻まれている。
まるで塔そのものが、巨大な呪術陣の内部のようだった。
「これは……術式によって空間が“増幅”されてる」
白夜が天井を見上げる。
「簡単に言えば、内部は“異界”だ。塔の中は、現実世界とは切り離されてる」
瑠璃が低く唸る。
「これは、もう儀式が始まってるってことか?」
「いいえ、まだ“集めて”いる段階です。エネルギーを、あなたの“器”に集束させるために」
俺は拳を握った。
ここが敵の本丸。なら、止めなければならない。
「主……何か来ます」
白夜が尾を横に振る。
その直後――塔の奥から、濃密な呪気をまとった何者かが現れた。
それは、人型をしていたが――明らかに“人ではなかった”。
白く染まった髪、血のように赤い着物、そして左目には“連”の印が刻まれている。
ただの下っ端ではない。空気が違う。力の“格”が、段違いだった。
「やぁ。やっと来たね、“器”くん」
その声は若い女のものだった。
だが、その声には“何百年分もの静寂”が染み込んでいた。
「私は緋女(ひめ)って呼ばれてる。影の連邦、直属“契印師”のひとり」
「契印師……儀式の主導役……!」
「そう。私たちは“器”の覚醒を導く。あなたがもっと強くなるために、ちょっとした“痛み”を与えるのが役目」
緋女は微笑んだ。
「覚醒なんて、望んでない」
俺は低く言った。
「そう。でも運命って、往々にして望まれてないとこから始まるものよ」
その瞬間、彼女の背後に無数の“手”が現れる。
宙を這う無数の手。それぞれが異なる印を結び、呪符を吐き出す。
「契約術“万印陣”。耐えられるかしら?」
「白夜、瑠璃、いくぞ!」
「当然です、主!」
「蹴散らしてやろう!」
戦闘が始まった。
塔の内部での激戦。
“空間”がねじれ、術が暴発する。
俺たちは互いの背中を守り合いながら、一手一手を慎重に刻む。
白夜の尾が鋭く宙を裂き、瑠璃の氷が緋女の結印を阻害する。
だが、彼女は笑っていた。
まるで、“試している”ように。
「いいわ、器くん。あなた、まだ完全じゃないけど……その絆、なかなか素敵」
「なにが……!」
「また来て。私はここで待ってる。あなたが“目覚める”その時まで」
そう言って緋女は、自ら結界の奥へと身を沈めていった。
俺たちは倒れ込むようにして地上へ戻った。
塔の頂上までは、まだはるかに遠い。
だが、あの戦いで確かに感じた。
――この身に、何かが目覚めつつある。
「主よ、あの女は本気ではありませんでした」
白夜が言う。
「私たちの絆を……測ったのだと思います」
瑠璃も言った。
「だったら……もっと強くなる。もっと絆を深くして、あの塔を――ぶっ壊す」
夜明けが、遠くに滲み始めていた。
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