第五話:式神との同居生活はじめました

 式神との契約は、すなわち“日常の崩壊”を意味する。


 


 契約直後の夜――


 


「……え、泊まるって、ここに?」


「当然だ。我は主の式神、主に常に随行する。寝床が離れていては任が果たせぬ」


 


 白夜が堂々とそう言ったとき、俺は頭を抱えた。


 俺の家は狭い。

 いや、“拝み屋兼住居”という立場上、部屋数こそ三つあるが、物置と仏間と寝室が限界だ。


 


「ちょっと待って。だったら仏間で寝る?」


「我が場所は主の傍だ。なにかあった時、即時対応できぬではないか」


「いや、お前の“なにか”は大体俺から起きる気がするんだけど……」


 


 結局、白夜は俺の寝室に寝ることになった。

 布団は一組。追加の寝具はない。

 ――つまり、どちらかが床で寝るしかない。


 


「では主、布団を譲ろう。主の健康は我の存在維持に直結する。地べたは我が受け持つ」


「なんかありがたいけど、余計に申し訳ないというか……」


「この床、冷たくて気持ち良いな。霊圧が染みている」


「やめて!? なんかホラーな言い回しやめて!?」


 


 こうして、“式神との共同生活”が始まった。


 問題はそれだけじゃない。


 白夜は“人間”の体を持たない。

 人の姿をしているとはいえ、本質は霊的存在だ。


 


 ……つまり、常識が通じない。


 


「白夜、それ、俺の服」


「汚れていた。洗っておいたぞ」


「え? 洗濯機も知らないくせに? ……って、なにこの赤黒い液体?」


「式水だ。邪気を払う効果がある。主の穢れも綺麗さっぱりだ」


「繊維まで消えてる!! 俺の服、バリアみたいになってる!!」


 


 あるいは、


 


「主よ、朝食は必要か?」


「うん、できれば」


「よい。ならば霊薬を煎じよう。“魂の髄液”を絞ったものだ」


「いや、どこから絞ったんだよ!? お前まさか近所の……」


「……安心せよ、拾っただけだ」


「もっとダメだろそれ!?」


 


 俺の胃と神経が、日に日に削れていく音がした。


 


 しかし、それでも――


 白夜がいる生活は、悪くなかった。


 


 拝み屋というのは、基本的に孤独な仕事だ。


 他者の悩み、災厄、呪い、祟りを一手に引き受け、それを清める。

 感謝されることもあるが、疎まれることも多い。


 


 日々、膨大な霊的ストレスと向き合う中で、

 白夜の存在は、“心の逃げ場”になっていた。


 


 たとえば、こんな夜。


 


「主、また夢を見ていたな」


「ん……? うわ、まだ深夜か……」


「顔が歪んでいた。昔の記憶か?」


 


 白夜は、俺の枕元に膝をついていた。


 膝に布団を敷き、俺の額に冷たい手を当てている。


 


「お前、いつも見てるのか?」


「当然。主が悪夢に囚われているなら、霊的影響を疑わねばならぬ」


「心配してくれてるのか?」


「主の霊核が壊れれば、我が存在も失われる」


「お前って、ほんと素直じゃないよな」


「そういう主は、夢で“父親の背中”を追っていたな」


「……わかるのか」


「視えた。主はあの背中に、追いつけていない」


 


 俺は黙った。


 白夜の瞳が、じっと俺を見つめていた。


 だが、そこにあるのは冷たい観察ではなかった。


 


「追いつきたいのか?」


「……わからない。ただ、あいつが見てた“景色”を、俺も見てみたいだけだ」


「その先にあるのは、祓いきれぬ闇かもしれぬぞ」


「それでも、俺は拝み屋だから」


 


 その言葉を聞いた白夜は、わずかに表情を緩めた。


 彼女の笑みは、人間のようにあたたかいものだった。


 


「では、主に一つだけ命を授けよう」


「なんだよ急に」


「生き延びろ。どんな形であれ、我より先に消えるな」


 


 それは、式神が主に向ける“最高位の忠誠”の言葉だった。


 ……少なくとも、霊書にはそう書いてあった気がする。


 


「生き延びる、か」


 


 それは、俺にとっても願いだったのかもしれない。


 



 


 そんな日常は、少しずつ、形を成していった。


 白夜は人の生活に慣れ、徐々に“人間的な”会話を覚え始めた。

 家事も、洗濯も、(料理は除く)ほぼ任せられるようになった。


 


 そしてある日――


 


「依頼が入ったぞ、主よ」


「マジか。どんな?」


「“部屋の隅に誰かいる気がする”との訴え。女子高生だ」


「やめてくれ、俺の倫理感がぐらつく」


「ほう、“そういう目”で見ぬとは感心だ」


「一瞬ぐらついたけど!? それ褒めるところじゃないよな!?」


 


 俺と白夜は、またひとつ、新しい依頼に向かうことになった。


 それが、次なる災厄の始まりとも知らずに――。

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