第14話「真実の発見」
朝靄が庭園を包む早朝、私はいつものように花に水をやっていた。
戻ってきてから一週間。日常は以前と変わらないように見えて、確実に何かが違っていた。
「おはよう、マリア」
振り返ると、レオンハルト様が立っていた。こんな早い時間に庭に出ていらっしゃるなんて、珍しい。
「おはようございます、レオンハルト様」
朝日を背にした彼の姿を見て、私は息を呑んだ。
彼が、微笑んでいる。
かすかな、本当にかすかな微笑み。でも、確かに唇の端が上がっている。
その瞬間、私は気づいた。
レオンハルト様の周りに、何かが見えた。いや、見えたような気がした。透明な、でも確かに存在する何か。まるで、朝露に反射する光のような。
「どうした?」
「あ、いえ……」
慌てて視線を逸らす。でも、心臓は激しく鼓動していた。
もしかして、レオンハルト様の恋色は、無色なのではなく……。
その日の午後、私は久しぶりに「虹の蔵」を訪れることにした。何か、ヒントがあるかもしれない。
「お久しぶりね、マリア」
店主の老婆は、相変わらず神秘的な笑みを浮かべていた。
「恋色のことで、お聞きしたいことがあって」
「ほう?」
私は、レオンハルト様のことを説明した。恋色が見えない人のこと、でも時々、透明な何かを感じること。
老婆は静かに聞いていたが、やがて奥から古い本を取り出してきた。
「これを読んでごらん」
差し出された本は、革表紙の古い文献だった。ページをめくると、そこには恋色についての詳しい記述があった。
そして、ある一節で、私の手が止まった。
『真実の恋は、愛する者にしか見えない。それは特別な色として現れ、時に虹のように、時に透明な光のように、この世で最も美しい輝きを放つ』
「真実の恋……」
思わず呟くと、老婆が優しく頷いた。
「そう。あなたにしか見えない色があるということは、つまり……」
私の頬が、熱くなる。
「でも、それは私の恋色なのでは……」
「違うわ。あなたの恋色は桃色。それは誰もが見ることができる。でも、あなたにしか見えない色があるとしたら、それは……」
老婆の言葉を、最後まで聞くことはできなかった。
私は礼を言って店を飛び出し、屋敷へと急いだ。
頭の中で、今までのことが繋がっていく。レオンハルト様が私の部屋をそのままにしていたこと、婚約を破棄したこと、私が戻ってきた時に拒まなかったこと。
そして、あの微笑み。
屋敷に着くと、私は真っすぐ図書室へ向かった。もっと確かめたい。この推測が正しいのか。
図書室には誰もいなかった。私は恋愛に関する本を片っ端から調べ始めた。
そして、ついに見つけた。
『恋色秘録』という古い本の中に、こんな記述があった。
『恋色を見る者の中でも、稀に特別な者がいる。彼らは相思相愛の相手の恋色を、この世で最も美しい色として認識する。それは他の誰にも見えず、当人たちだけの秘密となる』
本を閉じ、私は震える手を胸に当てた。
もしこれが本当なら、レオンハルト様も、私を……。
「何を調べている」
突然の声に、心臓が飛び上がった。振り返ると、レオンハルト様が立っている。
「れ、レオンハルト様」
「恋色秘録か。興味深い選択だ」
レオンハルト様が近づいてくる。逃げ場はない。
「その本に、何か発見はあったか」
「……はい」
隠しても仕方ない。私は正直に答えた。
「真実の恋は、愛する者にしか見えないと」
レオンハルト様の表情が、かすかに変わる。
「それで?」
「レオンハルト様の恋色が見えないのは、無色だからではなく……」
言葉が続かない。でも、レオンハルト様は静かに待っている。
「私にしか、見えない色だからではないかと」
長い沈黙が流れた。
図書室の窓から差し込む夕日が、二人を金色に染めている。
「君は、賢い」
レオンハルト様が、ゆっくりと口を開いた。
「だが、一つ間違いがある」
私の心臓が、痛いほど鳴っている。
「まだ、見えていないのだろう? 私の恋色は」
「はい……でも、時々、透明な光のようなものが」
「それは、始まりだ」
レオンハルト様が一歩近づく。
「相思相愛の恋色は、お互いが真実の愛を自覚した時、初めて完全な形で見えるという」
また一歩、近づく。
「マリア、君の恋色は、私にはずっと見えていた」
え?
「美しい虹色だ。朝日のように優しく、夕日のように温かく、月光のように神秘的な」
私の目から、涙が溢れた。
レオンハルト様も、恋色が見えるの?
「私も、同じ能力を持っている。だが、長い間、自分の感情を否定してきた。だから、私の恋色は君に見えなかった」
「でも、今は……」
「ああ。君が戻ってきてくれて、やっと認められた。私は、君を愛している」
その瞬間だった。
レオンハルト様の周りに、色が溢れ出した。
それは、この世のどんな色とも違う、特別な輝き。虹のように様々な色を含みながら、でも決して混濁せず、透明で、純粋で、美しい。
「見える……レオンハルト様の恋色が」
「やっと、か」
レオンハルト様が、本当の笑顔を見せた。
私は涙を拭いながら、その美しい色に見とれていた。これが、真実の恋の色。私たちだけの、特別な色。
「マリア」
「はい」
「明日から、私の恋色の世話もしてもらえるか」
おかしな言い方に、思わず笑ってしまった。
「喜んで」
図書室に、二人の笑い声が響く。窓の外では、夕焼けが空を茜色に染めていた。
でも、それよりも美しい色が、今、私の目の前にある。
レオンハルト様の恋色。それは、私への愛の証。
ようやく、すべての謎が解けた。そして、新しい物語が始まろうとしていた。
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