六月の君と七不思議
一途彩士
本編
序 七不思議
1 生徒会長
「泉矢くん、いる?」
扉をノックする音と、よく知る女性の声が耳に届き、
運動部や活動の多い部活は、高等部の校舎を挟んで反対側にある新部室棟に移動してしまっている。くわえて、旧部室棟の上階は廃部になったり部活の活動が少なかったりで、あまり使われていない部屋が多い。グラウンドから運動部の掛け声が遠く聞こえてくるくらいで、普段は人気がないのが常だった。
その静かな空間で、新聞部の活動にはげむ――なんてことはなく、運動場を眺めたり読書にふけるのが守琉の放課後だった。ゴールデンウイークがもうすぐ始まる平日でも、それは変わらない。
「あれ、いないのかな……。今日も部室にいるって聞いたんだけど」
はじめの堂々とした声掛けから一転、誰もいない可能性に気づいたらしい女性が小さくつぶやく。
守琉は部室の明かりをつけていなかったので、室内に誰かがいるか、はっきりしないのだろう。
守琉はできれば、大きな変化を求めずに日々を過ごしたい。日常から外れたことはいつだって、面倒なことにつながる。守琉は長い経験から、それを知っていた。今もまた、そんな予感がしている。
呼びかけに応じず、このまま息をひそめて居留守を使うのは簡単だった。
しかし、声の主が彼女であれば、たとえ面倒ごとになるとしても守琉がとる選択肢は一つだった。
「桜橋さん、だよね。入ってきていいよ」
扉越しでも相手がほっとした様子を、守琉は感じ取った。
礼儀正しく「失礼します」といって、
桜橋解子は守琉の同級生だ。学年ごとに違う色をしているリボンタイは、守琉のネクタイと同じ二年生を示す赤い色をしている。
守琉と解子は、今は違うクラスになってしまったが、一年生のときに同じクラスだったため仲が良かった。
「よかった。いないかと思っちゃったわよ」
解子はなじるような口調とは裏腹に、単なる軽口だとわかる声色だった。解子の黙っていると怖くも見える美しい顔も、自身のコンプレックスだと言っていた吊り上がり気味の目も、守琉を責めてはいなかった。
「ごめんごめん。それで、僕に何か用? それとも新聞部?」
守琉は本を閉じて机に置いた。守琉は、自ら聞いておきながら、解子が本当に新聞部に用があるとは思っていなかった。
新聞部はほぼ幽霊部員しかいない部活だ。既定の部員数と年に二回の七津坂新聞の発行をすることだけが、部活存続の条件だった。部員も各学年に一人か二人いるかといった人数しか所属していない。新聞の発行時期になると各々ネタを持ち寄って、記事を作る。それだけだ。あとは好きにすればいい。そんな部活だから、守琉は普段から部室にいりびたって一人好き勝手している。
解子も用なんてないだろうと思いながら、守琉はあることに気が付いた。
「ああ、もしかして生徒会から何かあったかな」
解子は現在二年生でありながら、一年生後期の生徒会選で生徒会長の座についていた。
一年生の時点で学園行事や生徒会の仕事に奔走している姿は大半が知っており、彼女が生徒会長になることに不満はなかった。
そんな生徒会長が、あまりに活動が少ない部活について何か物申したいことがあるのならば、一番納得がいく来訪理由だと思った。
しかし、守琉の考えとは裏腹に、解子は首を横に振った。それから、解子は頭の中にあるであろう新聞部に関することを思い出す間をあけて、
「いいえ、特に新聞部については何もないわ。もっともこの部活については、何もなさすぎると思うけれど」
と、年二回しかない活動内容についてしっかり指摘した。釘を刺された守琉は笑顔でごまかす。
「新聞の発行は今年もちゃんとするよ。ほら、ゴールデンウイーク明けに掲載する分も、こないだ部員で集まってつくったからね。また掲示許可のハンコを生徒会にもらいに行くよ」
守琉は机に置いていた新号を解子に示す。春夏号は例年、新入生に向けた部活動紹介になっている。過去の記事を土台にして、各部活に少し話を聞くだけで記事が作れてしまうので、作業量も少ない。数日で作成できるので守琉も気が楽だ。秋冬号も毎年七津坂学園文化祭について取り上げているので型がある。
おそらくそんな「使いまわし」すら把握しているらしい生徒会長は、それに対して何か文句をいうことはなく、肩をすくめるだけだった。
「わかったわ。それなら新聞部は問題ないでしょう。生徒会長になって改めて実感したけど、この学園って校則とか部活って結構ゆるいし。部員数が規定上なら部でそれ以下なら同好会。好きに設立していいから、これからも新聞部が廃部になる……なんてことにはならないと思うわよ」
「そっか」
解子の生徒会らしいきっちりとした答えに、改めて守琉は解子が訪ねてきた要件に対して疑問を持つ。
「じゃあ、僕に用って何かな。僕にできることならなんでも言ってほしいな」
守琉はさらりとそう言った。解子に対しては本心からの言葉だったが、脳内で友人が「そういうところが女たらしっぽいんだ」となじってくるのを頭から追い払う。
当の解子は、守琉の言葉に安心したように、表情を和らげる。
「ええ、あのね」
そして、解子の目が守琉をまっすぐ射貫いた。解子は、彼女を知らないものにはきつく鋭く映ってしまうくらい、真剣な様子で口にした。
「生徒会に届いた、七不思議の謎の調査の手伝ってほしいの。――お願いします」
解子は深々とお辞儀をした。手入れの行き届いた、解子の長い黒髪が地面についてしまいそうなほど深い礼だった。友人同士であるのに、そこまで堅苦しいお願いの仕方をするところに、彼女の緊張が感じられた。
七不思議――とは、七津坂学園でときたま流行るあれのことだろうか?
「……とりあえず、おかしでもどう? 適当なとこに座ってよ、ちゃんと話聞くから」
守琉は、解子の後頭部をしばらく眺めていたが、まずは彼女の話をしっかり聞こうと判断した。ゆっくり話せるように、お茶の用意も忘れずに。
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