第4話:おまじない
「おほん…では気を取り直して」
少女が姿勢を正す。
「わしがおまじないをそのお金にかける。すると、不思議なことに──先の言い伝えよろしくお金が増えとる。そういうことじゃ。」
「ふーん、それだけで……? あ、もしかして、その"おまじない"って──」
「むふふ、おぬしの思っとる通りじゃ。」
少女はいたずらっぽく微笑み、手で主人公を促す。
「ではの、あとで言いがかりをつけられても困る。その手に持ってるお札を高く掲げて見せてくれんか?」
「こんな感じ?」
財布はいったんカバンにしまい、折り目のついた千円札を片手に掲げる。
「そうじゃ。その辺でよい。わしの所為に裏がないか、ちゃんと見ておくんじゃぞ?」
「わかった。」
使い古した紙幣の感触。カラーペンのシミ。末尾はいいニャンニャン。
「よーし…では参るぞ」
少女が目をつむり、瞑想している。ちょうどヨガのような感じだ。
もう一度、指先の感覚を確かめる。
間違いなく、一枚の札。重みも、紙の厚さも。
幾何の静寂。
少女は両の掌を胸の前に添え、深く息を吸う。
小さな唇が、静かに開かれた。
「────猫にーーー小判!!」
…猫のポーズとともに。
かわいい感じの表情を作って、手も猫のようなポーズをしている。
ばっちりと目が合ってしまった。
風鈴の音が、さっきよりも涼しく感じた。
「……あ、ありゃ?こういう振付が受けがいいと聞いたんじゃがな…。ど、どうじゃ?」
「え?あー、ま、まあ…たぶん、そういうのが好きな人はいると思うよ…」
「ち、ちがうわ!手に持ってるお金のほうじゃ!!!振付のほうは忘れてくれい!!!」
少女は顔を袖で隠してしまった。影でもわかる赤さだ。猫耳も後ろを向いてしまった。
そっと視線を左手に戻し、左手の千円札に集中する。
「……んん?」
(──何か、変わったか?)
おまじない中も、あまりに衝撃的なことがあったので確信は持てないが、
なにか触ったり差し替えたりといった感覚はなかった。
近くのバッグも触られておらず、周囲も変わりない。
持っているお札も、つまみすぎてちょっとへたっている以外変わりない。
さっきの1枚の千円札だ。
「…おほん。どうじゃ?」
「…まあ、増えては…ないよね…」
そういいながら、つまんだ札を広げる。折り目の部分が軋む。
末尾は1122。こないだつけたカラーペンのシミも…ある。
「もとの1枚の千円札だけ──」
そう言おうとする矢先、些細な違和感を感じて言いよどむ。
「そんなはずは…!もうちょっと確かめてくれんか!?」
少女も気になる様子だが、些細な違和感に気を取られ、少女を見る余裕もなかった。
(お札って、こんなに分厚かったか?)
おそるおそる千円札の端へ、微かにふるえる右手を伸ばし、札の角をはがそうとする。
きっと同じ手で持ちすぎて感覚がおかしくなっただけだ。
そう解釈し、そう願った。
そっと、人差し指を差し込む。
…紙幣の角が、めくれた。
もう一枚、同じ形の札が顔を覗かせる。
──千円札は2枚になっていた。
「…………増えてる。」
かすれた声が、自然と漏れた。
「じゃろ!これでわしの力、信じてくれたかの?」
「い、いや!まだまて!ちゃんと確認させてくれ!」
少女は安堵すると、お得意のいたずら笑顔に戻っていた。
主人公はそれに取り合う暇もなく、訳も分からないまま情報を整理しようとした。
信じられない。
誰も、何も触れなかったのに、
ましてやずっと握っていた千円札が増えるわけがない。
主人公は震える手で、二枚の札を広げて見比べる。
左には、元の札──カラーペンの点、1122。
右には、見慣れない番号の新しい札。
そして、奇妙なことに折り目の位置がぴったりと合う。
「い、いやまさか──」
そんなはずはありえない。
そう口には出ているが、目に映るのは2枚の千円札だけだ。
「むふふ!ええぞ、好きなだけ確認するがよいて。残るのはおぬしが得をしたという事実だけだと思うのじゃがな。」
焦りの中、思考を巡らせる。
(まさか、何かしらの方法で、事前に財布から2枚取らせていたのでは?)
それならまだ理屈が通る。一抹の希望を胸に、急いでカバンから財布を探す。
一見すると先ほどと変わらない財布。中には、残りの紙幣。
この財布にはいつも1万円ほどになるように入れている。
今月の買い食いの記憶を辿る──今月は5枚使った。
今、手元には札が2枚。そして、財布の中には…4枚。
確実に、増えている。
慌てる主人公を横目に、やり切って満足した顔の少女が言う。
「どうじゃ?ちゃーんと、増えておるじゃろう?得をしたのじゃから、もう文句はあるまい?」
──わからない。
目の前の事実だけが、確かにそこにある。主人公の余裕は崩れた。
急いで逃げ出したかったが、自分のプライドがそれを押しとどめた。
ここまで来たら、すべてを見届けるしかない。
そういった、覚悟ともあきらめともいえる何かだけが残った。
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