待って、雲を見上げよう

春本 快楓

第1話 きっかけ

 ジリジリジリと目覚ましの音が聞こえる。僕は手を伸ばしてそれを止めた。ゆっくり目を開けると、窓から見える空はもう青かった。

「ゆきと! 早く起きなさい!」

 リビングから、お母さんの声が聞こえてきた。構わず二度寝しようとすると、さっきよりも大きな声が部屋中に響いた。僕は、仕方なく起きる事にした。ゆっくりゆっくり上体を起こしてベッドから出て、階段を降りていった。

「ゆきと、もう八時だよ!」

「今日も休む」

 お母さんは、はぁっと深いため息をついた。

「ご飯は炊いているから、適当に食べて」

 そう言って、お母さんはすぐにスマホを開いた。

「緑神高 三年一組 辻村ゆきと、お休みでお願いします」

 そう電話して、お母さんはすぐに仕事に出ていった。

 テレビには、朝から気持ち良くないニュースが流れていて、僕はすぐに電源を消した。

 台所に向かい、スーパーで買ってきたのであろうカラフルな袋に入ったあんパンを取り、リビングのテーブルへ投げた。そして、冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、これは投げずにガラスコップと一緒にリビングに持っていく。

「いただきます」

 袋を開け、あんパンをゆっくり頬張る。食べ終わったら、牛乳パックの口を開け、コップに注ぎ、飲む。

 ふと、時計を見ると、八時半になっていた。みんな、そろそろ学校に着いて朝読書の時間か、と考えると、反射的に机をたたいていた。

「あー、クソ」

 そう小さくつぶやいたが、それに応えてくれる人は誰もいなく、周りはただ空気の音が流れているだけだった。

 それにイラつき、もう一回机をたたく。手がヒリヒリする。

 気分が悪いので、散歩をすることにした。最初は人目が気になったが、二ヶ月も学校を休むと慣れてしまった。

 ズボンのポケットにスマホを入れ、外に出た。六月の半ばだからか、すぐに熱気が僕を覆った。自分が着ているジャージが黒という事もあり、汗は止まらなかった。

 ゆっくり歩いていって、近くの公園の前まで来た。ブランコとシーソーだけの小さな公園だ。でも、その小さな公園の奥は山に繋がっている。僕が住んでいる住宅地は、山を削ってできたためだ。

 僕は、二つの遊具を通り過ぎ、山と公園を区分している黒いフェンスの前に立つ。

 散歩に行っては、ここに訪れ、この先に行きたいと望む。

 小学生の頃、友達とこの先を冒険した事がある。この道は基本下りになっていて、下った先には小さな古屋と畑があった。とても静かな場所だった。当時の僕らにとっては退屈な場所だったのを覚えている。

 でも、高校生になってから僕は、もう一度この先に行きたいという謎の衝動に何度も駆られる。でも、危ないだろうな、と毎回自ら引く。

 今日も、やっぱり駄目だ、と決心がつかなかった。

 引き返そうと体の向きを変えたその時、風がビュービュー吹いた。まるで僕を引き止めるかのように。

「ニャーン」

 フェンスの向こう側に、ネコがいた。黄金色をした小さいネコだ。

「ニャーン」

 ネコは、僕に向かって鳴き続けている。山にいるという事は野良猫のようだ。野良は病気を持っている可能性が高い。やっぱり今日は引き返そう。

「ニャーン!」

 ネコが強く鳴いた。何だよ? とネコに向かって聞きたかったが、ネコは人の言語を喋る事はできない。僕は、できるだけ怖さを込めて、ニャーと返した。

「あれ」

 よく見たら、ネコの前の左足に血が流れ出ていた。怪我をしているみたいだった

 僕は走って家に帰り、戸棚をあさり、大きめの絆創膏を取り出した。冷蔵庫からは、ペットボトルでストックしてある水も取り出しすぐにあの公園に戻った。ネコはまだフェンスの向こう側にいる。

 一瞬迷ったが、僕はペットボトルを向こう側に投げ、黒フェンスをよじ登り、飛び越えた。噛みつかれないか怖かったけど、ネコは穏やかそうに、ニャーと鳴いている。

 ネコの左足に、思ったより深い傷があった。

「ちょっと我慢しろよ」

 そう言って、ペットボトルのキャップを取り、手で左足をゆっくり支え水をかける。ネコは目をぎゅっとつぶって痛みに耐えているようだった。それから、絆創膏を傷の真上にゆっくり貼り付けた。

 ……あれ、なんで僕、助けたんだろう?

「ニャーン」

 ネコはそのように鳴くと、先に続いている道を走って下っていった。

 一瞬迷ったが、僕も先に行く事にした。『猫の恩返し』みたいに何か始まりそう、という淡い期待が膨らんだわけではないが、これを機に先に進みたいと思った。下りは急で、周りは木で覆われていて光は届かず暗かった。足元に気をつけ、ゆっくり進んでいった。進んでいくと、暗闇の先に光が満ちていた。

 暗闇を抜けると、そこには、小さな和風な家と畑、地面には色とりどりの花が咲いていた。小学生の時に見た景色とは違っている気がしたが、おおまかな構造は記憶通りだ。

「あなた」

 声のした方を見ると、一瞬息の仕方を忘れた。

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