第1章 第18話 ~久郎 試合終了~
「さすが2級治療師。残存魔力を考えれば、ほぼ満点の措置ね」
舞が太鼓判を押す。
これは、かなりの加点となるであろう。
痛い思いをした甲斐が、あったというものだ。
一般的な回復魔法に対するイメージは、「魔法を使うと傷がふさがる」という感じであろう。
しかし回復魔法は、下手に使用すると、後遺症が残る可能性もあるのだ。
もし関節や筋肉の可動域を、固定した状態に回復したらどうなるか、と考えてもらえれば、理解できると思う。
必然的に回復魔法を使うものには、高度な肉体に対する知識、及び非常に繊細な技術が要求される。
したがって回復魔法を業とする者は、「治療師」と呼ばれる資格を取らなければならない。
治療師は1級から3級まで存在し、2級は「高専~短大卒業レベル」の資格だ。
ヒーロー見習いで取得しているというのは、異常とすら言える。
俺が言っても、あまり説得力がないかもしれないが。
「さて、なぜこんな無茶をしたの? 卑怯な手段まで使って勝つことに、意味があるのかしら?」
舞の問いに対し、正直に答えた。
「勝たなければ、結希の隣に立つ資格がないからな。あいつは不利な状況でなお、守に勝利したのだから」
結希は間違いなく、最高評価になるだろう。
本来勝つことを想定されていない教師との戦いで、見事に勝利したのだ。
それと同レベルの評価を得るためには、教師に勝つのが唯一の正解となる。
「なるほど。それで何度も、勝利条件を確認したというわけね」
どうやら、舞は納得したようである。
ただ、他の評価者の賛意を得るのは難しいだろう。
「とりあえず、この動画を見てもらえないかしら。今回の状況に、そっくりな事例を見つけたから」
舞が、スクリーンを展開して動画を再生する。
そこに映っている機体は、見覚えがありすぎるものであった。
―――
「ふう。これだけのダメージを与えたのであれば、確実だろう」
黒い機体から、通信が聞こえる。
かなり大型のバグと対峙し、行動不能に追い込んだようだ。
バグの体には無数の穴が空いており、仕留めたと考えるのが自然である。
「そうだね。ただ、コアを取り出すまでは油断してはダメだよ、久郎」
間違いない。
バグとの戦闘後に提出が義務付けられている、主観視点のものだ。
そして、この後の展開も嫌というほど覚えがある。
「いや、これだけダメージを受けていて、動けるはずがないだろう?」
フラグを立てる、馬鹿が一人。
ある意味、俺らしいとすら言える。
「っつ! 久郎、後ろ!」
バグの足先から、爪が射出された。
それに対し、搭乗者:結希が疾走する。
黒い機体を突き飛ばし、何とか爪を回避させることができたようだ。
「手負いの獣と同じだよ。コアを抜き取るまで、油断したらダメだからね」
バグの中心部を切り裂き、コアを抜き取る結希。
そこで画面は、暗転していった。
―――
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
腕の痛みよりも、心の方が痛い。
間違いなく、俺の黒歴史だ。
対戦相手の分析のために使ったのだろうが、それをここで披露するか?!
「見てのとおりよ。バグの中には死んだふりをして、不意打ちを行うタイプもいる。私たちヒーローが戦うのは、そういう相手。さて、審判の判定はどうかしら?」
舞が、審判に判定を促す。
「分かりました……勝者、神崎久郎!」
ブーイングは収まったものの、笑い声があちこちから聞こえてくる。
さすがにこの動画を流されたことに対して、同情する気持ちが強いのだろう。
加えて、バグがこのような攻撃を行うと知ったことから、俺の行動もそれを再現しただけであり、騙される方に問題あり、と考える余地を与えたようだ。
冷静に分析しているように見えるかもしれないが、それは表面上のことである。
正直、このまま穴を掘って埋まりたいくらいの気分だ。
「漣の治療は、相当痛かったと思うわ。それが、今回の試験に対するペナルティと考えていいわよ」
卑怯な手段に対し、既に罰は与えられている。
舞が自分で治療しなかったのは、このためだったのかと分かった。
言葉を受け、同情の度合いが増したように感じられる。
「凄まじい戦いを繰り広げた、両者に拍手を。以上を持ちまして、今回のヒーロー試験、実技の部を終了いたします」
何とか、拍手が響く状態に持ち込むことができたようだ。
司会者の声に一礼して、俺はアリーナから控室に移動した。
とりあえず、やれるだけのことはやった。
腕のダメージは想定以上であったが、結果としてはこちらの勝利であり、相当な評価が期待できるだろう。
これで結希と共に、ここに通うことができる可能性は非常に高くなった。
控室では、心配そうな顔をした結希が待っていた。
「もう、こんな無茶をして……下手をすれば、一生腕が動かなくなった可能性もあるんだよ!」
「さすがに、それはないと判断した。優秀な医療班が待機していたのだからな」
そもそもここまでの反動は、想定外である。
自分自身が一番、下手を打ったと思っている。
控室のドアが、ノックされる。
結希がドアを開けると、そこには舞が立っていた。
「聞いてちょうだい。結希と久郎、私と共に来てくれる? 服はそのままでいいから」
「行くのはやぶさかでないが……昼食をとりたい。空腹で耐えがたい状況だ」
高度な回復魔法では、本人の体力、栄養素が大量に消費される。
加えてあれだけの、戦いを繰り広げたのだ。
試合前のラムネなど、とっくに消えているだろう。
「分かっているわよ。先に昼食をとって、それから用事を済ませましょう」
それならば、良いだろう。
正直エネルギーが足りな過ぎて、考えるのも億劫だ。
この状況において、食事はすべてに優先する。
舞に従い、俺たちはついて行くことにした。
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