第1章 第11話 試合~明~

「さすがにみかんも、ここまで露骨にやられるとはおもわなかったにゃ。あきらの下に急ぐのにゃ!」




 みかんが、焦りを口にする。


 恐らく漣の対戦相手も、本物の武器の仕様、そしてリミッター解除を行っていただろう。


 ならば明の相手が行うのもまた、必然的というものだ。




「私の戦いでは、リミッター解除だけではなく、試合用のブザーまで外されているようでした」




 漣が更に、とんでもないことを口にした。




 試験では、当然専用の武器が使用される。


 そのため、通常の武器であれば致命傷になるような攻撃を受けた場合、ブザーによってそれを知らせるシステムが採用されているのだ。


 それを外すということは、本来なら致命的と判定されるダメージを与えても、意味がないということになる。


 これを回避するためには、相手が死なず、かつ決定的なダメージを受けたと誰でもわかるような形で、倒す必要があるということだ。


 戦いの難易度が跳ね上がるのは、言うまでもない。




「だから、ウォータ・ハンマーの後に追撃を行ったんだね。ようやく納得できたよ」




 結希はようやく、納得したという顔をしていた。


 確かに、ウォータ・ハンマーの直撃は本来、致命傷になりかねないものだ。


 その時点でブザーが聞こえなかったのは、そういうからくりがあったから、ということになる。




「ふざけやがって。人生をかけた試験を、何だと思っているんだ!」




 俺の中に、怒りが渦巻く。


 吐き捨てるような言葉と同時に、明の試験会場が見えてきた。


 残念ながら、抗議は間に合いそうにない。




 明の使用する訓練所は平原のような、比較的遮蔽物の少ないところであった。


 ただし、対戦相手は5機。


 近接型が3機、遠距離型が2機と、明らかに近接型の明にとって不利な形になっている。




「これは確定ですね。間違いなく、恒河社などが手を回しているようです」


「とはいえ、多少はこちら側への配慮もあるにゃ。フィールド自体は、むしろ明に有利な形状にゃ」




 遠距離型と都市部、森林などのような地形が組み合わさると、最悪の状態になる。


 そう考えれば平原というのは、確かに「まし」ではあるだろう。


 明の突撃力を生かすという上で、うってつけだからだ。


 とはいえ1対5という状況、かつ遠距離型2体という状況は、みかんの時より厳しい環境である。




「相手の機体は……うわあ。明と戦うことしか考えていないような装備だよ!」


「卑怯にも程があるな。こんな戦いが成立する時点で、試験として失格だと思うが」




 近接型は3体ともネット、遠距離型はトリモチ弾のバズーカ装備。


 更にワイヤーも用意され、徹底的に足を潰すという悪意がむき出しになっている。


 動けなくなったところで、腰にあるナイフでとどめを刺すのだろう。




「まあ、このくらいの状況、明なら跳ね返せるにゃ。どんな風に相手がやられるのか、むしろ見ものだにゃ!」


「私もそう思います。対戦相手の質は、さほどではありませんでした。明なら大丈夫でしょう。が……」




 二人とも、絶対的な信頼を明に寄せているようだ。


 堅固な彼女たちの、絆を感じさせる。


 漣が言い淀んだことについて、少し気になるが。




「明の方は……うわ。何あれ?」


「機体が新しくなったついでに、ブースターも新調したようだな」




 背中に背負っている、ブースターの大きさがシャレになっていない。


 巨大バグとの戦いで装着していたものも、大型に分類されるものであった。




 しかし今回装着しているものは、それをはるかに上回る。


 出力は確かに高いだろうが、制御不能となり、吹き飛ぶ姿が容易に想像できる。




「アレを使うのにゃ……明、全力で遊ぶつもりみたいにゃ」


「……成功率は6割程度。この状況で行う遊びでは、ないと思います」




 どうやら二人は、このブースターに見覚えがあるようだ。


 俺たちも色々な機体を見てきたが、これは専用機ですら見た事がないほどの代物である。


 果たしてこれを、どう使うのだろうか。




「さて、宣告してやる。あたしはまず、遠距離型をブチのめす。その後に近距離型だ。覚悟を決めるんだな!」




 戦い方を宣言する明。


 直後、試合が始まった。




 号砲が鳴り響くのと、ほぼ同時。


 明の機体は、目に捕らえられないほどの勢いで、遠距離型の機体に迫る。


 そのまま遠距離型の機体を捉え、殴られた機体は試合会場の彼方まで吹き飛んでいった。




「次!」




 驚くべきことに、明はその速度においてなお、機体を制御していた。


 場外ギリギリのところでターンし、もう一方の遠距離型に迫る。


 その間、わずか1.2秒。


 狙いを定める余裕もないまま、残った遠距離型も最初の機体と同じ運命をたどった。




 ようやく動き出した近距離型の相手が、明の機体に向けてネットを射出する。


 しかし、これだけ高速で移動する相手に対し、当たるものではない。




「三つ! そして四つ!」




 遠距離型を攻撃した反動まで利用し、一気に近接型に迫る明。


 すれ違いざまに1機を、更にその延長線上にいた1機を殴り飛ばす。


 陥没している装甲は、明らかに致命的なものであった。




 攻撃の代償として、スピードが落ちる。


 そのため最後の近接型が射出した、ネットが明の機体をとらえた。


 しかし、それすら予想の範囲内でしかなかったようである。




「ありがと。ブレーキを用意してくれて」




 明の機体に、ネットが接触する。


 だが、ネットを破る勢いで加速した明の機体は、包み込まれるよりも先に相手の機体に届く。


 放たれた力強い一撃は、そいつも吹き飛ばし、他の機体と同じ運命をたどることとなった。


 一方、明はネットにより地面に落ちることで、場外に吹き飛ぶことを免れたようだ。




「タイムは……よし! 試験の最短時間更新!」




 彼女にとってこの戦いは、新記録を出せるかどうかという勝負だったようだ。


 リスクを負うことを覚悟の上で、制御が難しいブースターを使用したのだろうか?


 彼女のことは詳しくないが、少し違和感がある。




 ちなみに「あいつ」は、わけのわからない事を言っていた。


 これはとあるシューティングで、ロケットエンジンを使うような無謀行為らしい。


 いくらあのブースターでも、宇宙に行くのは無理だと思うのだが。




「こりゃあ無理だ。フェイズシフト!」




 機体にネットが絡んだまま、送還したようだ。


 刃物を持たない彼女では、それしかないだろう。


 整備スタッフも、さぞ驚くのではないだろうか。




「二人も無事か。何よりだぜ。それにしても……」




 明いわく、これで二つの事が分かったとのことだ。




「一つ目。恐らく教師の中に、全国ヒーロー組合や恒河社とつながっている奴がいる」




 運営ではなく、教師と明言していた。


 運営だけでは、ここまで一方的な状況を作るのは不可能だろう、ということから推測したようだ。




「ディサイプルの出力だと、あのブースターでギリギリだったからな。あたしの場合、致命的なダメージを与えられたかどうかは、分かりにくいだろうし」




 どうやらあのブースターを使用したのは、しっかり判断した上での事らしい。


 確かに拳が与えるダメージは、どれだけのものか外見からでは分かりにくい。


 おまけに、ダメージに反応するブザーは切られている。


 そうなると、あのくらいの分かりやすさが求められるのでは? と考えたようだ。




「そして二つ目。その教師を泳がせて、あぶり出した奴がいる」




 俺たちの脳裏に浮かんだのは、一人の教師であった。




「あたしたちならば、この状況をひっくり返せる。そう判断したのだろう?」




 明は言葉を発し、俺たちの後ろに視線を向ける。


 そこにはまいが立っており、こちらに向けて手を振ってきた。

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