第11話

「君はいくつ」


大学までの坂道を登る間、森山君と自己紹介を含めた当たり障りのない会話をしていた。


体力の消耗が酷く、なにもないところでも転びそうになる。そのたびに森山君は手を貸してくれた。


「二十四歳」


「俺より年上なんだね。俺は二十二」


「あなたは大学生?」


二人分の靴音が鳴っている。冷えた風に、汗がひいていった。


「うん。東京の大学に通っていた。就職活動に追われていて、全然決まらなくてノイローゼっぽくなって。息抜きしたかったんだ」


それでこの大学に来たのか。息抜きという点では私と同じかもしれない。


「それで、就職は決まったの」


「さぁ……ここにいたら、就職なんて意味ないと思い始めたよ」


投げやりな口調で空を見上げた。私もつられて見る。青空の中に、ゆっくりと雲が流れていた。今だけは平和に思えた。


「就職はしておかないとだめよ。私も会社辞めたから、人のこと言えないけど」


興味がなかったのか、森山君は急に話題を変えた。


「講座のメンバーの名前と顔は覚えた?」 


大学の正門が見えてくる。


「覚えるどころじゃなかったわ……三人も亡くなったのだし」


そう言いながら、私は出会った人の顔と名前を思い出していた。


「黒髪のショートカットの子とその友達の名前がわからない」


「ああ。ショートの女性は水城令。茶髪のほうが奥村五十鈴。二十六か七だね」


「みんな顔見知りのような雰囲気だったけど、前にも似たような講座が開かれていたの」


森山君は答えない。大学の敷地内に入る。


なにか、違和を感じる。けれどどう変なのか説明ができない。


妙に静かだ。もともと静かなのだけれど、嵐の前の静けさに身を置いているような予感がする。


妙な胸騒ぎが私の中に起きる。


「なにか、変じゃない」


「なにが」


なんだろう。なにが変? 頭が追いつかないままに、また、汗がにじみ出てきた。


周囲を見渡して、心臓が叫び出した。一号館の前に人が仰向けになって倒れている。


コンクリートの地面に、長い黒髪が広がっていた。


「千夏!」


急いで駆け寄る。


「どうしたの。なにがあったの」


残された体力を振り絞って千夏の半身を起した。手はだらりと垂れ下がり、瞳孔は開いている。揺さぶっても反応がない。首から大量の血が流れていた。 


刃物で動脈を切られたのか、ぱっくりと傷が開いている。


胃の中から逆流してくる嘔吐物を無理に抑え込む。


「森山君、どうしよう。また人が死んでる。なんで……」


「だめだなぁ、大木さん」


森山君が高い声を出す。一瞬だけ私の呼吸が止まった。


その声が、酷く楽しんでいるふうに感じられたからだ。


「君、観察力がないよ。すぐ気付かなきゃ」


顎でなにかを指し示す。それを見て、全身から震えが起きた。


事務所の前に、人が二人、積み重なる形で倒れている。教えてもらった、あの二人組。


水城さんと、奥村さんだ。


二人とも正門まで逃げようとして、背後から襲われた様子だ。ざっくりと背中を切られ、血を流している。違和感の正体はこれだ。


人が倒れて死んでいることを、視覚が認識していなかったのだ。いや。見ていても無意識下で排除していたのかもしれない。見たくないから。


「二号館のトイレの中で寺尾さんが、三号館の中では楠が死んでる。手ごわかったよ、楠は」


「……あなたがやったの」


「君が最後の一人だよ」 


私を探していたのは、殺すためか。


「なんでこんなことをしているの」


「次のステージに行くためさ」


意味がわからない。


「今日は早いうちに三人も死んじゃったからね。残りは僕が片付けた。目指すはメンバー全滅」


言いながら、柔らかな美しい笑顔を浮かべる。ともすると、その魅力に吸い込まれてしまいそうなほどだ。


「あなたは授業を受けるためにここへ来たんでしょう? 不本意な形になってしまったけれど。それともこういうことを楽しみたかったの」


説得しようと試みるが、無駄に終わりそうな気配だ。微笑んではいても、聞く耳など持たないだろう。


「最初は講座を受けるために来た。でも今はどうでもいい。僕は、人が怯える姿を見るのが好きでね。君を大学へ戻したのも、みんなが死んでいるのを目にした君がどう反応するのか見たかったんだ」


森山君はジーンズの後ろから銃を取り出した。身構える。


「なんであなたもそんなものを……」


「よーい」


質問にはまるで答えず、銃を空へ向ける。


話し合っている場合じゃない。話しなんて通じない。


逃げろ。反射的に体が動いていた。

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