∞ーInfinityー
明(めい)
第1章
第1話
まるで廃墟。
見渡せば、通りを一本挟んだ向こうに「お土産」の古びた看板が軒を連ねているが、シャッターは一店舗を除いてすべて閉まっている。その一店舗は、どうやらスーパーみたいだ。
ホームにも改札口にも駅員らしい人はいなかった。
改札を出たすぐ横には古ぼけたベンチが、ベンチの前にはタクシーが一台だけ止まっている。その近くに、グレーの車が一台。軽自動車だ。
真夏だというのに静かすぎる。蝉の声くらい聞こえてもいいものだけれど。
不安になり、私は後ろを振り返った。フェンスの向こうには、たった今、電車で通ってきた線路がある。
レールの周りに緑の濃い雑草が生えているが、虫一匹、飛んでいる様子はない。
聞こえてくるのは、自然の息吹だけ。四方はなだらかな山に囲まれている。
腕時計は午後の一時をさしていた。改めて、何度も確認してきた大学までの地図を取り出す。
徒歩四十分。山の中の大学ということは承知で、むしろ私から望んで来たのだが、あまりの静けさに早速、怖気づいている。
こんなところに人が集まるのだろうか。明日からこの大学で三日間だけ講義を受ける。一般向けに開かれた講座だ。
歩道を渡り、恐る恐るスーパーに足を踏み入れる。
「いらっしゃい」
レジに立っていた中年の女性が私を一瞥し、不愛想に言う。
三日分の食料をここで買い込むことにしよう。寮で自炊が可能らしいから。
大学の近くに、コンビニやスーパーはなさそうだ。地図にも書き込まれていない。
品数は少なかった。食パンと生野菜、飲料水をかごに入れる。一パックだけ置いてあった、六個入りの卵を陳列棚から取ろうとして、誰かの手と重なる。
「あ、すみません」
思わず手をひっこめて見ると、白髪の男性がかごを持って立っていた。卵を取りたかったらしい。他にもお客さんがいたのだ。
この男性には見覚えがあった。送られてきた一般講座の資料の中に紹介文があり、小さく写真が載っていたのだ。その人物と同じ。戊大橋の出身で民俗学を専門的に学び、古典文学にも精通している。
彼が三日間講師を務めてくれるのだった。
名前は確か――。
「あの、榊原教授ですか」
「はい」
穏やかな口調で返事をしてくる。
教授はパックの卵を手に取り、差し出した。
「どうぞ」
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