14

 イリスに到着して一夜が明けた。せっかく時間があるので商店街を見に行こうと思う。馬車乗り場から宿屋街への道すがら商店街を通ったが、これだけ様々な種類の店舗がある街に来たのは初めてだ。もしかしたら見たことのないものに出会えるかもしれない。


 昨日は歩きながら軽く見ただけだったから「色々な店があるなあ」程度だったが、こうやって商店街を目的に歩くと想像以上の種類がある。八百屋やおやや肉屋などの食品店、家具店に日用品店、雑貨屋に骨董こっとう品店、さらには何に使うのか一切わからないようなコレクター向けの店もある。俺にはその価値がわからないが、見ると少しほしくなってしまうような魅力があり、コレクターはその魅力をかっているのだろう。


 この中だと俺は家具店と日用品店に特に惹かれた。今はこうしてコロン樹海を目指して旅をしているため腰を据える家はないが、記憶のない俺は旅をする生活しか知らないため帰る家があることに憧れる。その憧れが家具店と日用品店という家や生活に関わる店への興味として表れたのだろう。


 家具店の中に入ってディスプレイを見てみる。こうして実物を見ると自分の家を想像してしまう。どこの街かわからないが俺の帰る家があり、その中にはこの店のディスプレイの家具が並んでいる。いつかこの光景を想像ではなく現実として見る日は来るのだろうか。いや、それは俺次第だ。コロン樹海に辿り着き記憶を取り戻したら、どこか気に入った街で自分の家を買い家具を並べよう。


 「なあ、あんた前にもこの街に来てたよな?あの時は大丈夫だったか?」


 何か使えそうなものがないかと立ち寄った雑貨屋で会計をしていた時に店主に聞かれた。


 「え?俺ですか?」


 全く見知らぬ土地で、初めて会った人物が俺を知っているような口振りに驚きを隠せない。


 「ああ、よく覚えてるよ。この商店街を何かから逃げるように血相けっそう変えて走ってたんだよ」


 何かから逃げるように。


 「それはいつ頃でしたか?」


 「確か2ヶ月ぐらい前かな」


 2ヶ月前か。ヴィオラからここに来るまでおよそ1ヶ月。さらにその1ヶ月前となると、ここからヴィオラまで行ってまた戻ってこられる。俺はこの先のどこかからヴィオラへ行ったということなのか。


 「どっちに行ったかわかりますか?」


 「向こうの宿屋街の方に走ってったよ。たぶんどっかの宿に泊まってたんじゃないか?というかあんた自分で覚えてないのか?」


 店主に核心を突かれ動揺したが、何とか顔には出なかったと思う。


 「最近物忘れがひどくて。ありがとうございます」


 「そうか、まあ気を付けろよ」


 かなり無理のある誤魔化ごまかし方だったが、間髪かんはつ入れず買ったものを持って店から出ることで難を逃れた。


 店主が言っていたことに心当たりはある。ヴィオラの宿の受付での誰も来ていなかったという言葉。リアンの宿での足音。バルトで感じた謎の視線。そして2ヶ月前にイリスで誰かから逃げるように血相を変えて走っていた。これらが別の人物によって行われているというのは考えにくいので、全て同一人物によるものだと考えていいだろう。だとすると相手はだいぶしつこく俺に付きまとっている。気のせいと思ってもいられない。これ先向こうから関わってくる人物は警戒するようにしよう。


 2ヶ月前に俺が走って行ったという宿屋街へ来てみた。恐らくこの中のどれかに泊まっていたのだろう。そこで宿の受付で2ヶ月前に俺が宿泊しなかったか聞きに行ってみようと思う。どこの宿かはわからないのでしらみつぶしで当たることになるが、それで俺の記憶に近づけるならやらない理由はない。早速宿屋街の端から受付に聞きに行く。


 宿屋街で聞き込みを始めて通りの半分辺りまで行った。まだ俺が泊まっていた宿は見つかっていない。始める前はあまり大変ではないだろうと思っていたが、実際にやってみるとなぜ自分が泊まったのか聞くのかわからないという感情が表情として表れることと、違ったときの落胆らくたんから残りの宿は減っていっているはずなのに、先が長くなっていく感覚に陥る。宿屋街は今聞き込みをしている通りと隣にもう一つある、全部に聞き込みをするのにはまだまだ時間がかかりそうだ。


 二つの通りに分かれている宿屋街を折り返し、残りの宿も少なくなってきた。太陽が傾き影が長く伸びている。宿屋街は帰ってくる人で道が狭くなってきている。それでもまだ俺が泊まっていた宿は見つからない。正直半分辺りで見つかると思っていた。舐めていた、ここまで見つからないとは思わなかった。心が折れそうになったが、俺の記憶の手がかりだと思って続けてきた。そろそろ見つかってほしい。


 宿屋街の終わりが見えた。次の宿へ受付で俺が泊まっていなかったか聞きに入る。


 「すみません、2ヶ月前に俺が泊まりませんでしたか?」


 ここでもまたなぜそんなことを聞くのかという表情をされる。みんな俺のことを怪しいと思っているのだろう。


 「お名前を聞いてもいいですか?」


 「セガスです」


 受付担当はカウンターの下から名簿を取り出し、ぱらぱらとめくっている。


 「確かに2ヶ月前にうちに宿泊していますね」


 「本当ですか」


 あった、記憶を失う前の俺が泊まっていた宿だ。驚きと嬉しさで前のめりになってしまい、受付の人を驚かせてしまった。


 「ありがとうございます」


 周りからも変な目で見られたのでお礼を言ってそそくさと出ていく。


 遂に俺の記憶の手がかりを見つけた。イリスで宿に泊まっていたということは、この先のどこかから来てヴィオラまで行ったことはほぼ間違いないだろう。どこから来たのかはわからないが、この旅を続けていればそれもわかるかもしれない。改めてこの旅の目的を確認できた。苦労して宿屋街で聞き込みをした甲斐かいがあったというものだ。

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