第21話 上を目指そう

 艶のある黒髪を揺らしながら、女神シャラテは僕たちのもとに歩み寄る。

 そっと両てのひらをさしだした。

 女神シャラテの白磁色の手には真っ赤な仮面がのせられていた。そのデザインは目元だけを隠すもので赤色であった。ひし形を二つつなげたような形をしている。

 僕はその仮面を見て、いわゆるエッチな女王様がつけている姿を想像した。

 ラバースーツを着ている玲奈ならよく似合うと思う。

 さすがに口にはだせないが。

「これは赤影の仮面レッドシャドウマスクといいます。これからの勇士さまたちの助けにきっとなるでしょう」

 女神シャラテはその赤影の仮面レッドシャドウマスクを僕に手渡す。

 僕はそれをうやうやしく受け取る。

 今までの女神もそうだが、神というだけあって美しくて神々しい。


「これってわたくし向きではございません」

 玲奈が僕の背後からその赤影の仮面をのぞきこむ。むふっ何度も味わっているが背中に感じる爆乳の感触は心地よい。

 これまでの戦闘の疲れが吹き飛ぶ。


「あんたがそれつけたら女王様みたいやな」

 母さんが正直な感想をもらす。

 それを聞いた豹塚瑠璃はお腹をおさえてわらっている。


「それは良い意味ととらえますわ」

 玲奈は僕の手からその赤影の仮面レッドシャドウマスクをとるとそっと目元につけた。

 不思議なことに紐なんかはついていないのに玲奈の目元にぴたりとはりついた。

「これはすさまじい効果がありますわね」

 鑑定士でもある玲奈が赤影の仮面レッドシャドウマスクの能力を鑑定する。

 赤影の仮面レッドシャドウマスクの効果は魔力増大、命中率上昇、幻影魔法付与、罠解除であった。

 デザイン的にも能力的にも玲奈が持つのが、ふさわしいだろう。

 一応、母さんと豹塚瑠璃の二人にも確認をとる。

 もちろんだが僕はその仮面をつけたくはない。

 母さんと豹塚瑠璃は食い気味に断ってきた。

 ということで全会一致で赤影の仮面レッドシャドウマスクは玲奈が装備することになった。

「それでは皆様、これにておさらばです。わらわはいつでも皆様方の味方です」

 影の女神シャラテは深く頭をさげた。

 次の瞬間、女神シャラテの足元に漆黒の魔法陣が刻まれる。

 黒い光という形容しがたいものにつつまれて、女神は虚空に消えた。


「これより先、この魔法陣が転移魔法陣となり第一階層につながります」

 ていねいにアリエルが説明してくれた。

 これで次の探索は第三十階層から始めることができる。

 パターンがなんとなくわかってきた。

 この調子で バベルの塔の探索を続けて残り七柱の女神を開放すれば和馬兄さんのもとにたどりつけるのだ。

「母さん、きっと兄さんに会えるよ」

 僕は母さんに兄さんと再会させてあげたい。

 その方法がわかったのだ。

 やらないという選択肢はない。

「うん、そうやな」

 母さんは涙目で大きく頷いた。

 もう母さんが悲しさのあまりおかしくなるのを見たくはない。

 僕は決心した。

 母さんを必ず和馬兄さんのもとに送りとどけると。


 この日の探索はここまでにして、僕たちは帰路についた。

 帰りは転移魔法陣がつかえるので一瞬だ。

 僕たちはバベルの塔をでた。

「ほなねアリエルちゃん、またすぐ戻ってくるから」

 母さんは名残惜しそうにアリエルに別れをつげた。

 孫とわかってからアリエルのことを母さんはかなり大事におもっているようだ。

 僕も姪とわかってから特別な感情をもっている。

 アリエルがいうには彼女の体はいわゆるアンドロイドのようなもので精神だけを乗り移らせているのだという。

 こちらの世界に実体化させるにはやはり残りの七柱の女神を開放し、マナとよばれる不思議なエネルギーを僕たちの世界にみたさなければいけないということだ。



 バベルの塔をでたら周囲はもう日が暮れていた。スマートフォンを見ると午後六時を少しまわっていた。もうそんな時間かとおどろかされる。

 この日の晩御飯は母さんがそうめんを茹でてくれた。

 具材は錦糸卵に椎茸の煮物、ハム、ひきわり納豆、かにかまぼことけっこう豪華なのが母さん流だ。

 晩御飯をたいらげた僕はお風呂に入り、休むことにした。

 それから三日間は体を休めることにした。玲奈の提案によるものだ。

 魔力を回復するにも休息が必要だと母さんと玲奈は言っていた。

 あと七十階層とバベルの塔制覇への道のりは遠い。ではあるが今まで手がかりがなかった兄さんのことがわかったのだ。それだけでもおおきな進歩だ。

 それにしてもあのアリエスとかいう美人エルフと結婚したなんて我が兄ながらうらやましすぎる。

 休日一日目の午後に僕は会社の人事部をおとずれた。

 退職届をだすためだ。

 正直、もう会社員には未練はない。

 冒険者として生きていこう。

 まあ金銭的にはもう十分なのでまずは兄さんのもとにたどりつくことを第一の目的にしよう。

 人事部では僕がダンジョンマスターになったことは周知されていたようで、退職届はあっさりと受理された。

 僕は最後に社員食堂にたちよった。

 ここのミックスフライ定食をもう食べることができないと思うと少しだけ寂しい。

 一応部外者も食堂は利用できるが社員割引はなくなる。

 わざわざ岬町から大阪市内にでるというのも億劫だ。

 僕は退職記念に社員食堂のミックスフライ定食を注文した。

「今日の小鉢はひじきの煮つけよ、お兄ちゃん」

 ミックスフライ定食を用意してくれた女性店員が僕にそう言った。

 えっお兄ちゃんって?

 その女性店員はつけていたマスクを顎先までさげる。

「ボクだよ」

 小声で彼女はそう告げた。

 その女性店員はなんと豹塚瑠璃だった。

「お兄ちゃん、やっぱりやめるんだね」

 豹塚瑠璃の表情は寂しげだ。

 僕が驚いているのをよそに彼女は話を続ける。

「お兄ちゃんがおいしそうに食べるのを見るのが好きだったんだけどね」

 豹塚瑠璃はマスクを元に戻す。

「ボクは冒険がない日はここで働いてたんだよ。お兄ちゃんのことは前からしってたんだ。美味しそうにご飯を食べるひとってボク好きだよ」

 豹塚瑠璃はやたらと好きを連発する。気になって仕方がない。

「冒険者をしていたらここで働く必要はなくないか?」

 僕は豹塚瑠璃に訊いた。

 冒険者の収入からしたら社員食堂の調理師の時給なんてスズメの涙だろう。

「うんうん、普通でいるのって難しいんだよ。ボクはここで働いて普通をたもっているんだ」

 豹塚瑠璃の言うことは分からなくもない。

 急に大金を手に入れておかしくなる人は歴史上幾人もいる。

 豹塚瑠璃は常識を保つためにこの社員食堂ではたらいていたのだろう。

 厨房の主任に許可をとった豹塚瑠璃と僕は一緒にお昼ご飯を食べた。

「お母さん、はやく瞬君のお兄さんに会えるといいね」

 野菜醤油ラーメンを美味しそうに豹塚瑠璃はすする。

「そうだな。豹塚さん頼りにしているよ」

「もうお兄ちゃん、ボクのことも瑠璃って下の名前でよんでよ。玲奈さんだけずるい」

「わ、わかった。瑠璃、これからもよろしくな」

 僕が瑠璃とよぶと彼女は満面の笑みを浮かべた。

 

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