木簡狂詩曲―侵略は心の隙間―

いすみ 静江

序 章 奇跡のはじまり*前編

 六月十六日十六時、雨の予報でもないのに花鳥風月柄の傘を持っていった。

 私は、主に中学生の家庭教師をしている。

 千重美ちえみ先生と呼ばれるのがこそばゆい。

 苗字の小島こじまで呼ばれないのは、ちっこいからかな。


『オール・チキュウのショクンにツグ! ホンジツはセイテンなり!』


 方々を見回した。

 災害用の案内にしてはおかしい。

 しかし、晴れなのは当たっている。


「おい、空を見ろ!」

「降ったぞ!」

「降ってきたぞー!」


 私は慌てて傘を開いた。

 しかし、雨の様子はない。

 地鳴りに近いものが迫ってきかと思えば、堪え切れずに近くに落ちた。


「きゃあああ……!」


 ――縁は異なもの味なもの。


 文書木簡が降ってきた。

 普通、木簡に驚くところだが、奇人だと自分でも思うから困ったもの。

 文章が気になったのだ。

 私は聞いたことがあると思っても調べる性分で、スマートフォンでさっと調べた。


合縁奇縁あいえんきえんとも言うらしいわ。男女の結びつきってさ、本当に謎が深いよね。人と人の間を繋ぐシグナルが不思議で面白いんだと思うわよ」


 ――人の縁はまるで蜘蛛の糸のように繋がりが分からないもの。


 二つ目の木簡を拾う。


「学校で知り合ってまた繋がりがあるお友達もいれば、些細なことで他人になったりしているわね。直ぐに太い絆を感じたり、真逆に切れそうに揺れを感じたりするのも」


 ――縁に気づいたら決して離してはいけない。


「この次に小さな文字があるわ。本音はこれかしら」


 ――地球の諸君が縁を忘れれば、我々の世界制覇は目論見どおり。


 良縁や腐れ縁や幸運、助けられたり助けたり、厄介な苦界へなど触感が難しい。


「縁は一筋縄ではないから、世界制覇のトリガーを引けない訳ね。人は一人では生きられないわ。人との糸を大切にして世界を築く基盤を編むのよ」


 木簡が四つ落ちてきた。

 どうやら私はストーリーテーラーを任されたようだ。


「演目が一人目から四人目まであるわ。どれも縁に関わり世界がどう変わるかが肝ね」


 木簡を降らした空を仰ぐ。

 傘をたたんで、いーって顔をしてやった。


「私は、傷ついた魂の救済と再生を語りたいわ。だってせっかくの縁だもの。奇跡を起こして世界制覇なんてさせないんだからね――!」



 【序 章 奇跡のはじまり*後編】へ続く――

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