第2話

 応接室の片隅にあるポールや手すりに過剰気味ともいえる彫刻を施したまわり階段がスポットライトによって常になく明るく照らされた。


 テレビ班が用意したのか、毎週テレビで流れている「名探偵群星招次郎のテーマ」がどこからか流れてきた。


♪潤む瞳に 光が宿るぅ

それは叡知の輝きぃ

もつれた謎を解きほぐすのは

そうカレ かれ  彼

彼だけさぁ~♪


 歌詞の途切れ目に合わせるかのように人影が上から降りてきた。


 己に投げかけられた光のすべてをはね返すかのように輝く黒い革靴、そこからのびる足を静かに包むズボンはツェードの深い輝きに満ち溢れ、その上に羽織られたジャケットもまた同じ素材のもの、袖口から溜め息とともにこぼれ出た 白く美しい指先が手すりに置かれ、胸元には華洗流オリジナルの青い蘭が咲き誇り、襟元を飾るのは真紅のシルクタイ、口元の笑みは すべてを見通す神のごとく、その力に満ちた瞳の周りを孔雀のごとくまつ毛が飾り、その頭から背にかけて漆黒の光の滝のごとくに黒髪が流れ落ちる。


 だが何か違う。

 多少の違和感がある。

 テレビの視聴者のイメージとはわずかながらのずれがある。

 ずれ……そう、縦に30cmほどのずれ。


 再現ドラマの俳優の体型を上からもぎゅーっと押しつぶしてその分横に広がったような怪人物が回り階段上部に姿を現していた。


 その白くて柔らかそうなもち肌の頬はその体型と相まって大福のように見える。

 なまじっか仕立てのいい服を着ているためどう見ても小学生の入学式にしか見えない。


 今テレビの前では限られた映像の下、大勢の女性ファンが熱いため息をついている頃なんだろうが、こちらの現場ではすでに知っている人間が大半を占めているはずなのに視聴者とはまた別のため息がそこかしこから漏れていた。


 ウェリナが初めてこの体型を目にしたのは やっと重い神輿をあげてやってきた群星招次郎を宇宙港まで迎えにいったときのことだった。


「いやー、出発直前に手に入れたゲームソフトの『きらめき☆ラブスクール おかわりっ メイドコスプレでドビュビューンですのっ♡』にすっかりハマってしまって随分と不節制をしてしまいましたよ、はっはっは」


と群星本人は言っていたものの、今現在も限定された中継映像や本体隠しのためのイメージCGが流れているところを見ると、実は出発以前からずっとこの体型だったのではないかと思えてくる。


♪群~星 招次郎っ

群~星 招次郎っ♪


 スキャットに続いて女性コーラスが流れ出した時、階段上の群星も動き出した。

 革靴がおろしたてなのか、一歩一歩階段を下りるたびにきゅっきゅきゅっきゅと靴が鳴っている。

 そのたびに何かをこらえるかのようにテレビスタッフや居合わせた関係者の方が震えている。


♪お前がっ 真実のっ

扉を開~け~るぅ~  ドゥワー♪


 曲が終わったとたんに足を滑らせたらしく、 群星の体が盛大に階段の上から下まで転がり落ちた。

 そしてその勢いのまま床を転がったかと思うと、回転レシーブのようにすっくと立ち上がった。いつのまにか手には胸にさしてあった蘭の花を持っている。


「さあ、真実をお聞きになる準備はできましたか」

「出た!群星招次郎の決めの一言!

これより驚天動地の名推理が披露されます!」


 気取りに気取った調子で群星が例の一言を言ったとたん、女性アナウンサーの半ば驕声めいたアナウンスが全宇宙へと流れた。

 テレビで見ていた時には気にならなかったが、群星のあの体形を目の当たりにしている今ではやはりあれもプロの技なのだとこの場にいるすべてのものが思っただろう。


 そして群星の例の宣言がなされたということは別のことを意味していた。

 これから全ての謎が解き明かされるのだ。この連続殺人事件のすべての謎が……。


 この応接室に呼ばれた者たちがすばやくお互いを見かわす。一体誰が?誰がこのアクエッション家を不可思議な運命と引きずり込んだというのか。

 その名がこれより明らかにされようとしていた。


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