【ファネットに花束を】
彼が向かったのはナイト家の家の前。
瞬間移動が出来ても、緊急時以外はドアから帰宅する事になっている。
「ただいま。」
と言っても広い屋敷だ。
メイドがいない今では出迎える者はめったにいない。
「厨房かな?」
ファネットがいるであろう場所へと移動する。
「あら、お帰りアレックス。」
「ただいま、母上。ファネットは?」
「ダイニングルームで昼食の準備中よ。ふふ、早く渡してあげなさい。」
花束を見たパールヴァティーが、笑ってアレックスを送り出した。
送り出されたアレックスはダイニングルームへと向かう。
こっそり中を覗くとウェスティもいた。
彼女と目が合い、シッと合図を送る。
頷いたウェスティを確認し、背を向けているファネットに静かに近づいた。
「じゃあ運んで来ますね。きゃっ!」
厨房に行こうと振り向いた彼女が小さな悲鳴を上げる。
「もう!アレックスったら!」
したり顔のアレックスに頬を膨らますファネット。
彼女の驚いた顔や怒った顔も可愛くて、ついイタズラしてしまうのだ。
「ごめんね。お詫びに受け取ってくれますか?」
笑って花束を差し出すと、彼女も笑ってそれを受け取った。
「ありがとう、アレックス。たまにはお詫びじゃないプレゼントにして欲しいわ。」
花束を渡す時はいつもこんな感じだった。
「お詫びは理由付けなんだろ?普通に渡せば良いのに。」
ウェスティが笑って言った。
「あはは、照れ隠しも少々入っているんですよ。」
「へ~、それは意外だな。」
良く花束を贈っているのにと驚いていた。
プレゼントを渡す時のドキドキや恥ずかしさは、この先も消える事はないだろう。
「ファネット、早く生けて来なよ。料理はあたしが運んでおくからさ。」
「じゃあ、お言葉に甘えて行って来ます。」
花束を抱え、香りを楽しみながら出て行くファネット。
「あっ、俺も一緒に!」
着替えるからと、慌てて彼女の後を追いかけて。
二人並んで部屋へと歩く。
「アレックス、午後からはどうするの?」
「んー……ちょっと出掛けて来ます。」
答えながら部屋のドアを開け、ファネットを先に通す。
その顔は嬉しそうな顔で。
ピンと来たファネットがクスクス笑っていた。
「秘密の趣味ね。」
「うん、秘密の趣味をちょっとね。」
この趣味の事は誰も知らない。
家族は勿論の事、ファネットにも教えていないのだ。
「ふふ、楽しんで来て。」
彼女も追求はして来ない。
女遊びやギャンブルではない事が分かっている為、心配する事なく送り出してくれる。
着替えを終えて彼女を見れば、生けた花を眺めて微笑んでいた。
「気に入ってくれた?」
「ええ。可愛い花よね。」
「でしょ?ファネットのイメージで選んでみました。」
小さくて可愛らしい花々。
小柄で可憐な彼女を表すにはぴったりの花だった。
「私の……イメージ……。」
可愛らしい花……。
可愛らしい自分……。
ただ……それだけ。
自分には司るものが何もない。
それは取り柄がないのと同じ事。
女神とは名ばかりで──何の役にも立てていない。
「ファネット……」
アレックスが彼女を抱き締める。
引け目を感じていると分かったからだ。
「ファネットは良い奥さんしてますよ。立派に家族を支えているじゃないですか。」
「でも……下界に何の貢献もできていないわ……。」
それが天界人の使命なのにと、悲しげに俯いた。
「いいじゃないですか。ファネットは俺の妻なんですから。俺が満足していればそれで充分ですよ。」
「でも……」
「それに、ファネットはちゃんと下界に貢献してますよ。」
そんな事はないと、アレックスの顔を見上げた。
微笑み、口づけるアレックス。
「はい。これで貢献しましたね。」
「え……?」
意味が分からない。
首を傾げる彼女にアレックスは言った。
「神は神妃との結合でパワーを得るんです。ファネットに力を貰っているから、下界の治安を守る事が出来るんですよ。言わば共同作業ですね。」
優しく笑うアレックスに釣られ、ファネットにも笑顔が戻る。
「ありがとう、アレックス。私、できる限り力になるわね。」
アレックスに尽くす事が下界への貢献に繋がるのなら……どんな協力も惜しまないと彼女は言った。
「じゃあ、昼食を食べさせて頂けますか?はは、お腹すいちゃって。」
「あっ、忘れてた!」
昼食の準備中だった事を思い出し、慌てて部屋を出て行くファネット。
「うわ、置いて行かれた。」
家事はナイト家における彼女の使命。
クスクス笑いながら、アレックスもダイニングルームへと向かった。
昼食の席に集まったのはシヴァ夫妻とセフィーナ。
そしてウェスティとアレックス夫妻だけだった。
「ディノルドはどうしたんですか?」
「ナーガ族の呼び出し。王の親は大変なのよ。」
ため息混じりにセフィーナが答えた。
最近は頻繁に呼び出され、ルアードを大人にして欲しいと頼まれている。
それは娘を持つ父親達で。
娘が王に気に入られればと奮闘しているのだ。
「子を思う親の気持ちは分かるけど、私達の気持ちも考えて欲しいわよね……。」
セフィーナはセフィーナで、ナーギニー達のご機嫌とりにうんざりしていた。
「まだ赤ん坊なのに大変ですね。子育ても大変でしょ?」
「あ、それは大丈夫。ナーガラージャは手が掛からないもの。それよりアレックス達は子供作らないの?」
ソフィアが16歳になり、子作りは解禁されている。
「んー……まだ二人の時間を楽しみたいので先送りにします。」
「そっか。普通だと子供優先になっちゃうものね。ルアードが手の掛からない子供で良かったわ。」
知能の高いナーガラージャだからこそ、育児に追われる事なく夫婦ラブラブでいられるのだ。
それを差し引くと、ナーガ族の事は我慢できるかも知れない。
「ルアードはお前らみたいに下界でゆっくり育てるって決めたんだろ?ナーガの言う事なんか無視してりゃいいんだよ。」
ばくばく食べながらシヴァが言う。
「じゃあ、お父さんが宣言してよ。私達が言っても聞かないんだから。」
「あー、分かった言っとく。アレックス、午後は暇なんだろ?門下生の指導に入れ。」
「いや、その、用事がありまして……」
頬を掻きながら断るが、強制されそうだと半ば諦めた。
「ならいいや。そのうちディノルドも帰って来んだろ。」
「え、ありがとうございます、」
あっさりと承諾され、戸惑いつつも心は趣味へと走り出す。
そんなアレックスを見て、ファネットがクスクス笑っていた。
朝食や夕食時に比べれば寂しい食事だが、会話も弾んで楽しい昼食となった。
食事を終えた家族達がそれぞれの仕事に戻って行く。
「ごちそうさまでした。それじゃ行って来ます。」
「はい。楽しんで来てね。」
朝と同じく笑顔で送り出すファネット。
その笑顔に不安の色はない。
任務と違い、安心して見送る事ができるのだ。
微笑む彼女の額にキスをして、趣味を楽しむべくアレックスは出掛けて行った。
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