第16話 夢と現実の狭間

「裕二様、おはようございます」


 執事がカーテンを開ける。


 洗面所で顔を洗い、戻れば朝食が用意されていた。


 朝食を終え、立っているだけで使用人によって制服に着替えさせられる。


 使用人たちが玄関ホールに並び、「行ってらっしゃいませ」と頭を下げる。


 屋敷の門の前には車が用意されている。


 乗ってはいけない。そんな気がしたけれど、僕は促されるまま車に乗った。


 運転手がドアをバタンと閉めた瞬間、目の前が真っ白になった。


 夢から覚めたのだと気が付くまでしばらくかかった。


 枕元に手を伸ばし、マルゼルさんからもらったろうそくに火を灯す。


 僕が倒れていた時に着ていた服がタンスの中に入っている。夢と現実のつながりを決定づけてしまうものだ。


 意を決してタンスの中に手を伸ばす。それに触れた瞬間、車中独特の匂いが甦る。


 間違いない。夢の中で着ていた服だ。ところどころ焼け焦げたようになっている。


 失った記憶を探るのは、覚えていない夢を思い出そうとしているのと驚くほどよく似ていた。


 ここは、死後の世界なのだろうか?


 壁を強めに叩いてみる。返って来るこの痛みが、幻想だとはとても思えない。


 夢の中の僕は裕福な暮らしをしていたようだ。だけど、戻りたいという感情が湧いてこない。どちらかといえばほっとしている。


 それ以外の夢はぼんやりとしていて、他に何か見ていたのかすら分からなかった。


 またさらに、僕という人間の理解が深まった。


 記憶を失っていて目も見えなくなっていたのに慌てなかったのは、僕が冷静な人間だからじゃない。


 ただ、何も期待していなかったからだ。

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