Section_3_4c「図書委員の時間だけじゃなくて」
## 7
「あの……」
航が少し恥ずかしそうに言う。
「これからは、どうしましょうか」
これから。
そうだ、告白が終わったからといって——
何かが劇的に変わるわけじゃない。
私たちは、これからの関係を決めなければいけない。
「どうしたいですか?」
私が聞き返すと、航が真剣な表情になった。
「僕は——あなたと、もっと時間を過ごしたいです」
もっと時間を過ごす。
「図書委員の時間だけじゃなくて」
「はい」
私も、同じ気持ちだった。
でも、急に恋人らしいことをするのは——まだ恥ずかしい。
「少しずつ、でもいいですか?」
「もちろんです」
航が優しく微笑む。
「僕も、急に変わるのは難しいので」
急に変わるのは難しい。
そうだ、私たちはまだ高校生で——
恋愛なんて、初心者なんだ。
だから、ゆっくりと——
お互いのペースに合わせて、関係を深めていけばいい。
「でも、一つだけ」
航が付け加える。
「今度は、逃げません」
逃げない。
その言葉に、私は安心した。
文化祭の日みたいに——
突然よそよそしくなったりしないということだ。
「私も、素直になります」
素直になる。
今まで、遠回しにしか伝えられなかった気持ちも——
これからは、ちゃんと言葉にしよう。
## 8
「ありがとうございました」
航が深々と頭を下げる。
「どうして謝るんですか?」
「僕の気持ちを受け入れてくださって」
受け入れる。
そんな大げさなことじゃない。
私だって、航に気持ちを受け入れてもらったんだから。
「お互い様です」
私が言うと、航が笑った。
今度の笑顔は、今まで見たことがないくらい——
明るくて、嬉しそうだった。
「そうですね、お互い様ですね」
お互い様。
なんだか、いい響きだった。
これから私たちは——
お互いに支え合って、一緒に成長していくんだ。
「それじゃあ……」
航が立ち上がる。
「今日は、これで」
「はい」
私も立ち上がる。
でも、なんだかまだ帰りたくない気持ちだった。
この特別な時間を——
もう少し長く続けていたい。
「あの、航くん」
「はい?」
「明日も、図書委員会ありますよね」
「はい、あります」
「じゃあ……また明日」
「はい、また明日」
また明日。
今まで何気なく交わしていた挨拶が——
今日は、特別な意味を持っている。
明日会うのが、楽しみで仕方ない。
## 9
航が図書室を出て行った後、私は一人でしばらくその場に立っていた。
夕日が、だんだん傾いてきている。
本たちも、オレンジ色の光に包まれて——
いつもより温かく見える。
告白。
まさか、本当にこの日が来るなんて。
つい数週間前まで——
航は、手の届かない存在だと思っていたのに。
でも、今日わかった。
航も、私と同じように悩んで——
同じように、相手のことを考えていたんだ。
そして、勇気を出して——
気持ちを伝えてくれた。
私も、その気持ちに応えることができた。
図書室の静寂が、今日は特別に感じられる。
この静けさの中で——
私たちの新しい関係が始まったんだ。
荷物をまとめながら、私は明日のことを考えていた。
航と、どんな会話をしようか。
今までとは違う——でも、自然な関係を築いていけるだろうか。
きっと、大丈夫。
私たちには、本があるから。
同じ本を読んで、同じ気持ちを分かち合える——
そんな関係があるから。
そして何より——
お互いを大切に思う気持ちがあるから。
## 10
図書室を出る時、私は振り返ってもう一度室内を見渡した。
本棚に並ぶたくさんの本たち。
カウンターに置かれた返却本の山。
窓から差し込む、優しい夕日。
全てが、いつもと同じなのに——
今日だけは、特別に美しく見えた。
恋をするって、こういうことなのかもしれない。
いつもの景色が、いつもより輝いて見える。
いつもの時間が、いつもより大切に感じられる。
そして、明日という日が——
こんなにも楽しみになる。
「また明日」
誰もいない図書室に向かって、小さく呟いてみる。
本たちが、静かに私を見送ってくれているような気がした。
明日からは——
この図書室での時間が、もっと特別なものになるんだ。
航と一緒に過ごす、かけがえのない時間に。
そんなことを考えながら、私は学校を後にした。
家までの道のりが、今日はいつもより短く感じられた。
足取りも、心なしか軽やか。
胸の奥に、小さな幸せが宿っている。
これが、恋の始まり。
私たちの、本当の物語の始まり。
図書室の静寂が見守る中で——
新しい章が、そっと開かれたのだった。
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