Section_3_1b「今日は委員会あるんだっけ?」

## 3


「はい?」


振り返った航の表情に、少し驚いたような色が浮かんでいる。


きっと、名前で呼ばれるとは思ってなかったんだろう。


私も、なんで急に名前で呼んだのかわからない。


「あの……」


でも、呼び止めたからには何か言わなければ。


「今度、また一緒に……」


文化祭の日にも言いかけた言葉だった。


でも、あの時と同じように、何を一緒にしたいのかわからない。


「一緒に?」


航が首をかしげる。


「えっと……図書委員の仕事、とか……」


図書委員の仕事。


なんて事務的な理由なんだろう。


本当は、もっと違うことを言いたかったのに。


「そうですね」


航が曖昧に答える。


そうですね、って。


別に嬉しそうでもないし、嫌そうでもない。


ただ、義務的に返事をしている感じだった。


「…………」


また、沈黙が流れる。


図書室の静けさが、いつもより重く感じられた。


まるで、私たちの間にある見えない壁を強調しているみたいに。


「あ、中村くん」


そこに、木下くんの声が割り込んできた。


「お疲れさま」


「お疲れさまです」


航が、ほっとしたような表情で木下くんの方を向く。


私との会話から逃れられて、安心したのかもしれない。


「今日は委員会あるんだっけ?」


「はい」


「じゃあ、後で一緒にやろうか」


「お願いします」


航と木下くんが普通に話している。


まるで、何事もなかったかのように。


でも、私とはあんなにぎこちなかったのに。


## 4


「奏っちも、後で手伝ってもらえる?」


木下くんが私にも声をかけてくる。


「うん、もちろん」


「よし、じゃあ三人で頑張ろう」


三人で。


本当は嬉しいはずの言葉なのに、なんだか素直に喜べない。


三人でいれば、航と二人きりになることはない。


それは安全だけれど——同時に、なんだか寂しい気もする。


「それじゃ、午後の授業が終わったら」


「はい」


航が答えて、今度こそカウンターから離れていく。


最後まで、私と目を合わせることはなかった。


「……なんか、変じゃない?」


木下くんが小声で聞いてくる。


「え?」


「中村くんと奏っちの間、なんか変な空気」


やっぱり、木下くんも気がついていた。


「そう……かな」


「文化祭の日から、なんとなく感じてたんだよね」


文化祭の日から。


あの日、何かが変わってしまったんだ。


「何かあったの?」


「わからない……」


本当に、わからなかった。


私が何をしたのか、航が何を考えているのか。


ただ、確実に言えるのは——


私たちの間に、見えない壁ができてしまったということだった。

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