<Chapter 2:好き>
Section_2_1a「小説担当は、綾瀬さんと中村くんにお願いできますか?」
## 1
「文化祭の図書委員展示について話し合いましょう」
六月に入って、図書委員会の議題は自然と文化祭のことが中心になった。曽我真琴が生徒会から持参した資料を配りながら、いつものようにきりっとした表情で説明している。
「今年のテーマは『本との出会い』。各委員がおすすめの本を紹介するポップ展示と、来場者参加型の企画を二つ用意する予定です」
曽我さんの話を聞きながら、私は隣に座る航をちらりと見た。この一週間で、私たちの関係は少し変わった気がする。
あの日の「相談」は、結局新刊選定についての真面目な話だったけれど——でも、話している間の空気感が以前とは違っていた。
「委員長、どう思われますか?」
曽我さんに名前を呼ばれて、慌てて現実に戻る。
「あ、はい。とてもいい企画だと思います」
「ありがとうございます。それで、ポップ制作の担当を決めたいのですが……」
曽我さんがリストを見ながら続ける。
「二人一組で、ジャンル別に分担していただこうかと。小説、実用書、学習参考書……」
二人一組。
その言葉に、なぜか心臓がドキドキし始める。
「小説担当は、綾瀬さんと中村くんにお願いできますか?」
え?
私と航が、同じ担当?
「どうでしょうか?」
曽我さんが私たちを見る。航も私の方を向いた。
「あ、はい……大丈夫です」
「僕も異議ありません」
航が静かに答える。
「では決定ですね。他の担当も——」
曽我さんが話を続けているけれど、もう頭に入ってこない。
私と航が、一緒にポップを作る。
文化祭まで、約一か月。
その間、二人で作業をすることになるなんて……
「奏っち、良かったじゃん」
隣で木下くんが小声で話しかけてくる。
「何が?」
「航と一緒の担当でしょ?」
木下くんがにやにやしている。この人、やっぱり全部見抜いてる。
「別に良かったとかじゃないよ」
「嘘だー。顔赤いもん」
また顔のことを言われた。本当に赤くなってるんだろうか。
「赤くないよ」
「赤いって。鏡見てみ——」
「木下くん、私語は慎んでください」
曽我さんの鋭い声が飛んできた。木下くんは「すみません」と小さく頭を下げる。
でも、その後もにやにやが止まらない。
## 2
委員会が終わって、みんなが帰り支度をしている中、航が私に声をかけてきた。
「綾瀬さん、少しお時間いただけますか?」
「はい」
また心臓がドキドキする。最近、航と話すときはいつもこうだ。
「ポップ制作のことで、相談があるんです」
やっぱり仕事の話だった。期待した自分が恥ずかしい。
「どんなことですか?」
「どういう方向性で作るか、事前に話し合っておいた方がいいかなと思って」
方向性。
確かに、いきなり作り始めるより、ちゃんと相談した方がいい。
「そうですね。いつ話し合いましょうか?」
「今から少し時間がありますが……」
今から。
つまり、今日このまま二人で相談するということ?
「大丈夫です」
思ったより自然に答えられた。
「ありがとうございます。それでは、閲覧席で」
図書室の奥にある閲覧席に向かう。放課後だけど、まだ自習している生徒が何人かいる。
私たちは一番奥の席に座った。
「まず、どんな本を選ぶか決めませんか?」
航がノートを取り出しながら言う。
「小説といっても、ジャンルが幅広いですから」
「そうですね。恋愛小説、ミステリー、SF、ファンタジー……」
「来場者のことを考えると、幅広い年齢層に響くものがいいかもしれません」
来場者のことを考える。
航はいつも、相手の立場に立って物事を考える。そういうところが素敵だと思う。
「具体的には、どんな作品がいいでしょうか?」
「んー……」
私は少し考えてから答えた。
「定番だけど、やっぱり住野よるさんとか?」
「いいですね。『君の膵臓をたべたい』は、幅広い年代に人気ですし」
「あと、辻村深月さんとか本多孝好さんも」
「青春小説は確実に響きそうですね」
航がメモを取りながら相づちを打つ。
「でも、定番ばかりだと面白くないかも」
「面白くない?」
「せっかくの展示だから、来場者に新しい発見をしてもらいたいというか……」
新しい発見。
「例えば、どんな?」
「あまり知られていないけれど、すごくいい本とか」
航の目がきらりと光った。
「それ、いいアイデアですね」
「本当ですか?」
「はい。僕たちなりの視点で選んだ本を紹介する方が、意味があると思います」
僕たちなりの視点。
その言葉に、なぜか胸が暖かくなる。
「じゃあ、定番作品と隠れた名作のバランスを考えて選びましょうか」
「そうしましょう」
航が微笑む。いつもの無表情とは違う、本当に楽しそうな笑顔だった。
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