1.葡萄農園と溺れた記憶
1 嵐と共に
嵐の夜、最後に発見された少年には不可解な点があった。
今週は天気予報が大幅に外れ、町は連日雨風に見舞われていたのだが、今夜は特に酷い。大粒の雨が施設の窓を乱暴に叩き、雷鳴まで鳴り響く始末だ。悪天候の影響で、毎年この時期に催される収穫祭は中止となった。今年はワインのセールが行われるのか。クスミにとっては収穫祭当日よりも翌日のセールのほうが楽しみだった。
近くに雷が落ちる音がして、事務所で作業をしていたクスミは顔を上げた。どうにもあの音は、聞き手を萎縮させる効果を含んでいるように思える。まるで傍若無人に浴びせられる怒鳴り声のようで嫌気がさしてくる。施設利用者受け入れの用紙をデスクに置くと、クスミは席を立った。
窓越しに外の様子を伺うと、どこか不安げな姿が反射した。夕方だというのに空は不気味に明るく、灰色の雲の中で起きている乱暴な撹拌が空気を過剰に摩擦させている。やがて青白く枝分かれした光が撃ち落とされると、瞳にはその残像が焼き付いた。空はひっきりなしに唸り続け、時折必要以上にこちらの腹を殴打してくる。
自然の脅威というのは、あまりに一方的だ。轟音が鳴り響くたびに、自分のDNAが震える気がする。硬質化した空気の層を稲妻がぶち破る過程は人間の本能を刺激するのには十分で、クスミは念のため懐中電灯と非常食を探した。いつになったら嵐は去るのか。キャビネットの奥に、申し訳なさそうに仕舞われている防災セットを見つけると、クスミは中身を確認してからソファに戻った。
芝生の上に半円を描くように設置された六棟の建物をウッドテラスが繋ぐこの場所は、地域の住民を支えるホスピタリティ施設のひとつだ。建物は全て二階建てで、プレイルームや宿泊施設、カフェ、緊急用の医療室など、様々な用途に対応できる環境が整えられている。
ふと、テラスの雨よけを忘れたのではと思い、クスミは一度事務所から通路へ出た。今更雨よけを掛けても手遅れだろうが、無いよりはマシだろう。今日は天候のせいで早閉まりした影響か、どの棟も静まり返っている。
クスミは雨よけをかけてから全棟を見回り、設備に問題がないか確認を終えると三号棟の事務所に戻った。タバコを咥えてテレビを付けると、速報が流れてくる。嵐のせいでどこぞの屋根でも吹き飛んだかと思い、さして興味もなく内容を聞いていたが、全く別のニュースだったのでクスミは思わず体をテレビの方へ向けた。
ここ最近町の話題の中心になっていた事件の続報だ。
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