報告、という名の挑発

午後7時ちょうど、千葉市・幕張の高層住宅。

玄関の自動ロックが外れ、ふたりの影が廊下をのびていった。


「ただいま」

修司の声に続いて、紅葉もくぐもった声で言う。

「……ただいま」


リビングには、すでに両親がいた。

詩乃は湯気の立つハーブティーを手にし、

誠はテレビ画面に目を向けたまま、何も言わなかった。


まるで、待っていたかのような静けさ。

けれど、その沈黙を破ったのは、紅葉だった。


「話、あるの」


一瞬、詩乃の手がぴくりと止まる。

誠は、テレビを消した。


ふたりはソファの前に立ち、真正面から両親と向き合った。


「私たち……“兄妹”をやめることにした」

紅葉の言葉は、はっきりしていた。震えも、迷いもなかった。


沈黙。

リビングの空調音だけが、やけに大きく響いていた。


「何を言ってるんだ」

ようやく誠が声を出した。低く、押し殺した調子だった。


「戸籍は変えられない。法律上、お前たちは兄と妹だ」


「知ってる。でも、私たちがどう呼び合うか、どういう関係でいるかは、私たちが決める」


紅葉は一歩も引かなかった。

詩乃が、何かを言いかけて、唇を閉じた。


代わりに、修司が続ける。


「俺たちは、制度に従う“だけ”の人間にはなりたくない。

 血のつながりはたった8%。

 育ててくれたことには感謝してる。

 けど――それでも、好きになるなっていうなら……俺は、親を越えたいと思ってる」


その言葉に、誠の目が鋭く光る。


「越える? 家族を否定してか?」


「違う。受け継いだ上で、再定義する。

 “兄妹だからこそ”諦めなきゃいけないなんて、ただの思い込みでしょ」


「修司……」


詩乃の声がかすかにふるえる。

それが悲しみなのか、誇りなのか、本人にもわからなかった。


「ふたりで名前を呼び合う。

 “兄”とか“妹”とかじゃなくて、ただの“修司”と“紅葉”として」


紅葉が宣言するように言う。


「報告、以上です」


それは、礼儀正しい挑発だった。


しばらくして――誠が深く、長く息を吐いた。


「……学校や周囲に知られたら、傷つくのはお前たちだ」


「わかってる。覚悟の上」


「なら、親として言う。俺は……反対だ。

 だが、お前たちを勘当することも、縛ることも、もうできない。

 自由には、責任がある。後悔するな」


「しないよ」


修司の答えは短く、それでいて重かった。


詩乃は、ただ目を閉じ、テーブルの下で静かに手を握りしめていた。

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