第38話 処罰
王位簒奪が防がれてから、早くも約一週間が経過した。
リュシアは自室で紅茶をたしなみながら、婚約申込書の山を眺めていた。
――まったく、無意味なことをするものだ。
(私はもう結婚相手を自由に選べるっていうのに。こんななかから選ぶとでも思ってるのかしら!)
国王陛下によって権利を保障されたその日から、リュシアは救国の英雄として有名になった。
それは、リュシア自身の名を売ることにもなっていた。つまり、是非結婚したい! という貴族が急増したのである。
「はぁ……」
思わずため息が漏れる。
それというのも、家族に泣きつかれたからである。
結婚相手を自分で選ぶのはいいが、それならそれで早く結婚してくれ、とのことだった。
やはり両親は、リュシアが姉の二の舞になることを恐れているのだ。
状況は、結婚相手を選ぶ自由を保障される前と変わらないような気がした。
紅茶をグビリと飲んで、窓から空を見上げる。
考えるのはザフィルのことだ。ザフィルはいまごろどうしているのか。
彼が王立蒼刃騎士団に入ったことは知っている。ルネの邸を出て騎士団の独身寮に入ったことも聞いている。
ザフィルのことだから、いきなり副団長あたりに上り詰めてるかも……と思う。
なにせあの剣の腕前と見事な筋肉だ。騎士団のなかでも一際輝いていることだろう。
ザフィルは忙しいらしく会いに来ることはなかったし、リュシアにしても彼を訪ねていくことはなかった。環境が変わって、いまが一番忙しいだろうからと遠慮していた。
というかリュシアは、父と母に涙ぐんだ目を向けられてしまい、おいそれと外出すらできないのだ。
婚姻の自由を保障されたリュシアがまたぞろふらっと家を出て行ってしまうのを心底恐れているのが、両親の態度からありありと分かっていた。
――ユリシス、ミレイナ、コーネル男爵については、捕縛されて厳しい取り調べがなされているとのことであった。
彼らについて、明らかになったこともある。
第二王子ユリシスは、病弱な第一王子エルネストを侮っていた――あんな兄が王太子になるのが我慢ならないとユリシスは語っているらしい。
自分の方が優秀だと信じて憚らなかったのだ。その鬱憤は激しい女遊びとなり、リュシアを蔑ろにするのに繋がっていた。
そしてそんなユリシスに近づいてきたのがミレイナだった。
ミレイナは、徹底的にユリシスを褒めそやし、甘やかした。そしてユリシスがミレイナを信頼するようになった頃合いを見計らって、父に引き合わせたのだという。
もちろん、父――コーネル男爵の目的は最初からそれだった。野心のある男爵はユリシスに近づくために娘を使ったのだ。
『霞の涙』が闇市場に売り出されたことを聞きつけた男爵は、それを利用して王位を簒奪することを思いついた。ユリシスを国王にした暁には、ユリシスを操り人形として操る予定だったという。それが今回の事件である。
だが、彼の計画は褐色の剣士と一人の令嬢によって完全に潰えることとなった。
三人の処断は、今後、裁判を通して決まっていくということだった。
だが大方の予想は噂されていた。
ユリシスは、国家転覆未遂、無辜の令嬢への侮辱と身勝手な婚約破棄への罰として、王位継承権を剥奪されることだろう、とのもっぱらの予想であった。それどころか、『ラグナリード家の名を汚した』として王家から除籍されるだろうとの見方もあった。
それでも、元王子である彼には、父から温情として仕事が与えられるだろう――とも囁かれていた。王家が所持する辺境の鉱山での作業員という仕事である。
そこは夏でも夜は冷えるし、冬になれば雪に埋もれて死ぬこともあるという厳しい環境らしい。なんにせよ、ユリシスが王都に戻ることは二度とないだろう。
コーネル男爵は、肋骨が癒えるのを待ってからの裁判となるが、すでに大体のことは決まっていた。
全財産の没収、爵位と名誉の剥奪などである。さらに反逆罪で死刑になるだろうとの大方の予想だったが、男爵はこれを免れた――ラグナリード王国の南にあるカーライル王国から身柄引き渡しの要請があったためだ。
男爵はカーライルの貴族と密輸取引をしていた。それが明るみに出たのだ。
「密輸など知らない!」と男爵は言い張っているというが、カーライルは密輸に厳しい国である。極刑は免れないだろう、というのが大方の予想だった。
要は、コーネル男爵はラグナリード王国から捨てられたのである。
ミレイナについては、早くも新事実が明らかとなっていた。
彼女はコーネル男爵の実子ではなく、もともとスラム街の孤児で、その美貌を見出され、コーネル男爵に養女として迎え入れられたということであった。
義父の駒として命じられるがままにユリシスを誘惑して籠絡したミレイナは、その自主性のなさゆえに、男爵ほどの罪には問われないのではないかとのもっぱらの噂だった。
しかし義父がカーライル王国に引き渡されることを知ったミレイナは壊れてしまった。嘆いた彼女は痛い肋骨を引きずるようにして牢の壁をひっかき、生爪をすべて剥がしてしまったということである。
魂が抜けたようになってしまったミレイナの今後は決まっていないが、おそらくラグナリードを追放されるだろうとのことであった。
行く当てのない彼女は、ふらふらと南へ――父が捕らわれたカーライル王国へ歩いて行くことだろう。だがそこから先のことは、誰にも分からない。
やめよう。リュシアは頭を振った。
彼らのことなどどうでもいいのだ。どうせもう顔を合わせることもないのだから。
それよりも……。
リュシアは立ち上がって、書き物机の引き出しを開けた。
ザフィルに手紙でも書こうと思ったのだ。
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