第19話 幼なじみの騎士との再会

「リュシア! ここにいたのか」


 ギルドの入り口から、朝陽で逆光になった男が、真っ直ぐにリュシアに向かって歩いてくる。


 背の高い姿勢のいい長身に、銀色の瞳が美しい青年だ。歳はリュシアより二つ年上だ。

 肩甲骨あたりまで伸ばした淡い金髪を黒いリボンでくくっているのが、彼の貴公子感をさらに高めていた。顔立ちは整っており、着ているのは青と白の清潔感ある騎士服、そして腰には一振りの長剣を吊している。


 リュシアは、ささっとザフィルのたくましい筋肉の後ろに隠れた。


「……ルネ」


 唸るように呟くと、ルネは心底ホッとしたように、ザフィルの前で笑みを浮かべた。


「無事でよかった。探したんだぞ」


 リュシアは苦虫を噛みつぶしたような表情で、筋肉の横から顔を出した。


「なんであんたがここにいるのよ」


「お言葉だな……、久しぶりに会った婚約者に対していうことがそれか?」


「婚約者ぁ!?」


 思わず声をひっくり返す。リュシアの婚約者は第二王子ユリシスであったが、彼にはもう婚約破棄されている。それ以降きた婚約申込書も、すべて却下した。


 だからリュシアはいまはフリーなはずだ。少なくともこんな説教男と婚約した覚えはない。


「かつての君が自分でそう言ったんだろう、「おおきくなったらルネとけっこんする!」と。ユリシス殿下との婚約が破棄されたのだから、その約束も復活したというわけだ」


「ちょっ、子供の頃の話でしょう!? そんなの無効よ無効!」


 確かにそんなことを言ったことがある気はするが、いわれて初めて思い出す程度である。


 これではザフィルに勘違いされてしまう。それは嫌だ。ザフィルをちらちらと見上げると、彼は戸惑ったように、背後のリュシアと目の前のルネに視線を惑わせていた。


「……もしかして、あんたは例の、リセの説教魔の幼なじみか?」


「説教魔?」「そうよ」


 リュシアとルネの声が重なった。

 ルネとは現在なんともないんだ、むしろ勝手に小さい頃の結婚の約束まで持ち出してきた厄介な幼なじみなんだ――ということをザフィルには分かってもらいたかった。


 ルネは心外というような顔をしたが、すぐに視線を目の前の美筋肉男に向ける。


「君はザフィルだね?」


「そうだが、なんでそれを……」


「リュシアと共にいる巨躯の剣士の噂は有名だからね。お初にお目に掛かる、私はルネ・ロッシュ。王立蒼刃そうじん騎士団でエルネスト殿下付きの騎士をしている者だ」


「王立蒼刃騎士団……!」


 ごくりと唾を飲み込んだのだろう、ザフィルののど仏が上下した。ザフィルにとって王立蒼刃騎士団は憧れの存在であり、その騎士であるルネは喉から手が出るほど欲しい地位を得ている羨望のまとなのだ。


「そっ、そうか。あんた、どうやって王立騎士団に入ったんだ? もともと貴族の子弟なのか……?」


 上ずった声で前のめりになったが、ザフィルは気を取り直したらしい。手のひらを腰で何度か擦ってからゆるゆると差し出した。


「――すまん、まずは自己紹介だな。俺は、ザフィル・フィルーズだ。よろしく頼む」


 ルネはその手を握り返した。――浅黒い肌のザフィルと白い肌のルネの手が、対照的に重なる。


「よろしく、ザフィル。得物はシャムシールか、珍しい剣を使う……」


 目を細め、ザフィルの筋肉と曲刀を見つめてルネがいう。

 だが、その眼差しが友好的なものではないことはすぐに分かった。


「リュシアがお世話になっているそうだね。手は出していないだろうな?」


「ちょっ、なんてこというのよルネ!」


「君は可愛いからね。こういう野蛮な男には気をつけないといけないよ」


「野蛮って、なに!?」


 カッと頭に血が上り、ザフィルの長衣の背を、更に力強く握り込みながら声を荒げた。


 ザフィルのどこをどう捕まえたら野蛮なんて言葉が出てくるのか。殺した敵を弔い、食前の祈りを欠かさぬ男なのに。

 だいたいこの筋肉を見て分からないのか。毎日毎日腕立て伏せやら腹筋運動やらを生真面目に繰り返さないと、こんな筋肉が育つわけないだろう。彼にはそれだけの自制心があるのだ。それを、なにが野蛮だ!


「ルネ、あんたね――」


 リュシアが抗議しようと大きく手を振るが、ザフィルがそれを制した。


「……俺は自分を律する。誓ってふしだらなことはしていない。だいいちリセは俺の大事なバディだ、手など出すか」


 低い声で否定するザフィルに、リュシアはホッとしつつもほんの少し胸の痛みを感じた。


(――あ、やっぱりそういうふうに見られてたんだ。うん、まあ、そうだよね)


 それが悪いのではない。むしろありがたいことだ。だが、それでもやっぱりこの素晴らしい筋肉からのその評はちょっとだけ残念だった。別に異性として意識してほしいわけではないのだが……。


 そんなことをうじうじ考えていると、ルネは意味ありげに薄く笑った。


「……信じよう。ただ、彼女はリセなんて名前じゃない。リュシア・ウォルレイン、すなわちウォルレイン公爵家のご令嬢だ。本来ならば、君が直に話すだけでも『ふしだらなこと』になる相手だぞ」


「あー、あー!」


 大声でかき消そうとするが、もう遅い。


「……公爵家?」


 ザフィルの肩がピクリと跳ね、リュシアに振り返りながら信じられないというふうに言葉を繰り返したのが、聞こえてしまった証拠だ。


 リュシアは頭を抱えたくなった。


 信頼の証として、本名もなにもかも、自分から打ち明けるつもりだったのに。

 だがその機会はルネのせいで失われた。

 あとは、ザフィルがこの事実をどう受け取るか、である。


 ザフィルにはすでに、リュシアが貴族の娘だということは伝えてある。今さら、それが公爵家の娘だったと分かったところで問題はないはずだ。

 まさか公爵家に戻れと説教してくるなんてことはないだろう。


 ……ないよね?



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