第16話:青き奔流と精神の混濁

 洞窟が暴力で脈打った。粉塵。悲鳴。甲殻こうかくに鋼が軋む音。骨が砕ける湿った音。


 キールを倒した衝撃からまだ立ち直れずにいたアーレンは、紫の目の魔族の鱗の尾が再び唸るのを見た。狙いすました鞭打ち。下段狙い。ライラを殺すためではない。動けなくするために。


 パシッ! 吐き気を催すような力で彼女の顔面を打った。


「ぐあっ!」


 ライラが叫んだ。鋭く壊れた痛みと驚きの声。よろめき下がる。片手が裂けた頬に飛んだ。血が即座に湧き出た。彼女の青白い肌に暗く。石の床を暗くした。


(女神よ、あの速さ……ライラは素早いが、あれは……)


 その時、洞窟が震えた。震動ではない。うめき。山の臓腑ぞうふから深く響く。


 厚い粉塵が見えない天井から降った。石が洞窟の壁を転がり落ちた。


 突然の静寂に誰もがきょを突かれて凍りついた。一瞬、圧迫的な違和感さえも鈍った。魔族の動き――普段は液体の影――がためらいがちになった。遅くなった。


(今だ!)


 アーレンは橙色の目の魔族が上を見上げるのを見た。気を取られている。燃える目が大きく開いた。


 彼は突進した。激情が全身を駆け巡った。生々しく絶望的に。脇腹の痛みを焼き消した。


 彼の長剣が青みがかった松明の光で閃いた。ガシュッ。鋼が鱗の肩に当たった。深く食い込んだ。黒い血が飛び散った。


 だが一撃は分厚い鱗にその勢いを殺され、弾かれた。


 魔族がシューと鳴いた。鋭く。激怒して。よろめき下がった。今は遅い。だが倒れない。


 それは紫の目の者を見た。警戒の、あるいは理解の閃き。


 紫の目の魔族は天井を見た。それから負傷した者を。壁の裂け目――あの光る青い液体を滲ませている――がより速く滲んでいた。


 彼女は舌打ちした。喉の奥から発せられた鋭い命令の声だった。そして狭いトンネルに向かって頭を振った。


 撤退。


 橙色の目の魔族は離脱した。キールの悲しみに燃えた振りを無視した。煙のように闇に跳んだ。消えた。


 紫の目の魔族が続こうと振り返った――


 その時。


 世界が裂けた。


 轟音ではない。引き裂き。


 アーレンのブーツの下の石が座屈ざくつした。彼を横に投げた。


 上で。バキッ。バキッ。ドーン! 巨人が骨を折るような音。見えない天井が割れた。青い光に対する闇の蜘蛛くもの巣状の亀裂。


 石の粉塵が空気を詰まらせた。目をくらませ、窒息させる。


 それから岩が裂ける悲鳴。圧力。それがアーレンの頭蓋に叩き込まれた。氷の棘。深く突き刺さる。


 目の奥に巣食うあの馴染み深い重さ。今は耐え難いまでに膨れ上がっていた。


 頭が裂けそうだった。爆発しそうだった。


 彼は喘いだ。視界が泳ぐ。粉塵の向こう。上で形が動いた。離れた。


 それから。


 それが落ちた。


 奔流ほんりゅう。突然。目がくらむ。青い。凍る。粘りつくような。神聖なものすべてを拒絶するかのように。


 それが叩きつけた。この世のものとは思えぬ液体の滝。彼をずぶ濡れにした。隣の魔族をずぶ濡れにした。即座に。


 皮膚が焼けた。火ではない。氷。それは存在の芯まで侵されるような深い冒涜ぼうとくだった。


 彼の息が詰まった。奪われた。


 それから。点火。


 彼の中の聖蝕せいしょく。もはや眠ってはいない。神聖な冷たさに対して爆発した。


 痛み。


 ただの痛みではない。精神がばらばらにされていく。


 彼の精神。引き裂かれた。押しつぶされた。氷に引き裂かれた。火に叩かれた。両方同時に。


 あの呪われた青い液体。焼けつくような流動。彼の意識。彼女の意識。無理やり一つに叩き潰された。


 吐き気を催す突然のよろめき。


 彼自身のものではない思考――鋭く冷たく黒曜石のような――が彼の恐慌を切り裂いた。


 彼は自身の燃え盛る恐怖の中へ、彼女の氷のような恐怖が流れ込んでくるのを感じた。それは異質な意識の濁流となり、彼を飲み込み溺れさせた。


 苦悶の熱。そしてその中を通って。彼女。


 衝撃的な認識。静まり返った捕食者の気配。氷の虚空、圧倒的な。彼の精神に激突する。


 紫の目の魔族が彼の横で痙攣した。硬直した。手足が痙攣する。


 彼女の声なき絶叫。異質で鋭く純粋な苦痛の奔流が、彼の意識を内側から引き裂いた。


 彼女の目。大きく焦点が合わない。紫の虹彩こうさいが黒に飲み込まれた。


 彼は彼女を感じることができた。あまりにもはっきりと。


 精神的な傷。生々しい。彼らの間で出血している。絶え間ない苦悶のうなり。


 彼女の恐怖が彼に溢れ込んできた。それは金属的で、彼自身の恐怖よりもさらに冷たかった。彼のものではない記憶の風景が記憶を引き裂いた。


 聖蝕が一瞬退き、次の瞬間には怒り狂ったように燃え上がった。彼女の異質な冷たさに対して。


 世界が砕けた。


 百万の感覚の奔流。どれも完全に彼のものではない。二つの精神。強制的に。残忍に。境界を溶かして絡み合った。


 現実が砕け散った。洞窟の壁がのたうった。石が病んだ筋肉のように流れた。色が滲んだ。砕け散った光と痛みの破片。


 崩壊する岩の轟音。溺れる叫びの合唱。彼の頭蓋の中で。


 視界が砕けた。鏡のガラスを打った。映像が回転した。増殖ぞうしょくした。視点。消えた。落下。


 彼のものではない手足。爪が石を掻く。異質な神経を衝撃が駆け巡る。


(俺のじゃない!俺の体じゃない!)


 恐怖。圧倒的な。窒息させる。彼のだけではない。彼女の。


 冷たい捕食者の恐慌。彼自身の恐怖と融合した。境界なし。共有された侵犯しんぱんだけ。


 生存本能。異質。鋭い牙を持つ。絶望的。


 それから。閃光。


 彼自身の顔。すぐ近く。映った。彼のものではない目に。苦悶にゆがんだ。


 彼の苦悶。見つめ返す。彼女の恐怖に映った。互いの恐慌が互いの精神を侵し、際限なく増幅し合う。


 現実。消えた。


 苦痛が彼の目の後ろで爆発した。石の床が彼に叩きつけられた。容赦のない終焉しゅうえんの闇。


 涙でぼやけた視界を通して、急速に薄れていく。彼は彼女を見た。紫の目の魔族。近くの地面で痙攣している。手足がけいれんしている。


 彼自身の痛みが歪んだこだまのように返ってくる。


 つながりは切れていなかった。深まっていた。


 彼の神経に焼き付いた。彼は彼女の恐慌が津波のように彼の心を襲うのを感じた。


 共有された汚染。望まぬ親密さ。それは暴力と堕ちた光から生まれたものだった。


 それから。無。

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