第24話 ただの「いい子」じゃいられない
「ありがとう、海ちゃん」
心からそう思った。ただ励まされただけじゃない。海ちゃんの言葉は、私の中の小さな迷いを、少しずつ解きほぐしてくれた。
「私、自分の言葉でちゃんと伝えてみる。怖いけど、でも、それでもやってみたい」
「うん、応援してる。それに、私も一緒に考えるからね。演出とか、舞台のこと。あかりちゃんと話してたら、どんどんアイディアが出てくる気がするんだ」
海ちゃんのその笑顔が、まぶしくて、まっすぐで、頼もしくて、私も、ほんの少しだけ背筋を伸ばしたくなった。
気づけば、時刻はもう夜の十時を過ぎていた。
ベッドの上の原稿には、ふたりの鉛筆の書き込みが所狭しと並んでいた。
あのときは迷って書けなかった言葉が、今では小さな文字になって、ページの端に息づいている。
私は原稿を抱きしめるようにして立ち上がる。
「明日、学校で話してみるね」
「うん。あかりちゃんの言葉なら、きっと伝わるよ」
そう言ってくれる海ちゃんの声に、また少しだけ勇気をもらった。
帰り道。夜の風が肌に触れて、少し冷たい。
けれど、私の胸の中は不思議と温かかった。
今日、ちゃんと話せたこと。伝えられたこと。受け止めてもらえたこと。
私はもう、「いい子」でいるだけの自分を卒業する。
そして、これからは、「リーダー」として、言葉を選び、想いを届ける。
みんなと一緒に、前を向いて進んでいくために!
次の日の放課後、私はひとつ深呼吸をしてから、教室の前で立ち止まった。
坂本くんに声をかけるのは、やっぱり少し緊張する。けれど、昨日の夜、海ちゃんと話して決めたことだ。
私はもう、ただの「いい子」で終わるつもりはない。
「坂本くん。少しだけ、時間あるかな?」
窓際の席で鞄を閉じていた彼が顔を上げ、少し驚いたように目を見開いた。けれどすぐに、いつもの落ち着いた口調で応える。
「うん、いいよ。屋上でも行く?」
その提案に、私は頷いた。
夕暮れの屋上は、静かだった。金網越しに見える空は茜色に染まり、一日の終わりを実感させる。
私たちは並んで、フェンスの近くに立った。少しだけ風が吹いて、私の髪を揺らす。
「脚本のことで、話したいことがあって……」
「うん」
坂本くんは、私の言葉を待つように、静かにうなずく。
私は、少しだけ言葉を選びながら、でもできる限りまっすぐに想いを伝えた。
「この脚本、すごくよくできてると思う。物語も、構成も、台詞も。でも、ちょっとだけ、引っかかったところがあったの」
坂本くんは、何も言わずに私を見つめている。その沈黙が、否定ではないとわかったから、私は続けた。
「ヒロインの言葉が、なんていうか、お約束っぽくて……。本当にその場で感じた気持ちが、ちゃんと乗ってない気がしたの」
「ああ……」
彼がぽつりと呟いた。
「テンプレヒロインってことでしょ。俺も実はあんまり好きじゃないんだ。けど、まあ、大衆受けとか、テンポとか、全体のバランス考えると、こうするしかないかないって思ってるんだよね」
「そうだったんだ……」
彼も同じように迷っていた。そう思うと、少しだけ気持ちが軽くなった。
「でもね、坂本くん。私、この脚本も好きだけど、坂本くんが前に貸してくれた小説、あっちのほうがもっと好きだなって思った」
坂本くんが、少し驚いたように目を見開いた。
「えっ、あれ? あの、あんまり上手く書けなかったって言ってたやつ?」
私はこくりと頷いた。
「うん。確かに荒削りなところもあったけど、あの作品には、坂本くんの好きが詰まってた気がして……」
「小説の中で登場人物たちが生きてるっていうのかな。彼らの気持ちがちゃんと、伝わってきたんだ。海ちゃんと、あの、暗号でやり取りしてたときも、あの物語の中の言葉だったから、私は安心して、話せたの」
夕日が、彼の横顔をやわらかく照らす。
「そっか。あれ、そんなふうに言ってくれる人、初めてだな。なんか、救われた気がする」
坂本くんは、ふっと笑った。照れたような、でもどこか救われたような表情だった。
「ありがとう、湊さん。俺、今は文化祭の劇を作ってるけど、そうだな。もうちょっと、俺の好きをちゃんと込めてみるよ。妥協じゃなくて、自分の物語をつくりたい」
「うん」
「俺の好きを形にして、みんなの好きで育てていく。そんな脚本にできたら最高だよね」
坂本くんの言葉に、胸がじんとした。
自分の気持ちを伝えられたことも、それを受け止めてもらえたことも、全部が嬉しかった。
「それとさ」
坂本くんは、ふっと真顔になって、私の方をまっすぐに見た。
「俺、君にはすごく感謝してる。背中を押してくれて。だから、逆にアドバイスさせて」
「え?」
「今の君は、もう立派なリーダーだと思う。ちゃんと考えてるし、言葉にしてる。でも、クラスのみんなはたぶん、まだそれに気づいてない。だからさ、もうちょっと自分の想いを発信していこう?」
私は一瞬、戸惑った。でも、坂本くんの言葉には優しさしかなかった。
「発信、か」
「たとえば、今日みたいな会議で意見を言うとき、君の考えを、もっと自信を持って言っていいと思う。それだけで、きっとクラスの雰囲気も変わる。君の声はちゃんと届くからさ」
言葉に詰まる私に、坂本くんは優しく笑った。
「だって、俺には届いたよ」
その一言が、心の奥のほうにふわりと落ちてきた。
あたたかくて、やわらかくて、でも確かにそこにあるもの。
私は、小さく、でもしっかりと頷いた。
「うん。ありがとう。私、頑張ってみる」
「期待してるよ、リーダーさん」
その言葉に、ふっと笑ってしまった。
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