幕間 そのドラッグの名はミュージック
「ねー緑ってさ、オタクなんだっけ?」
「なんですかその嫌な話の入り方……まあそうですけど」
学校からの帰り道、晩御飯の材料を買いに来たスーパーの青果売り場で唐突にそんな質問をしてきた来花に、緑は顔をしかめながら答える。
「へー、最近のアニメとかもたくさん見てる感じ?」
「僕と妹がアニメの趣味が似てて、休みの日とかで筋トレも家事も終わった後は一緒に鑑賞会をしてます」
「え、めっちゃ仲良しじゃない?」
「そうでもないですよ。僕だけ一人で先に見たら怒るから一緒に見てるだけです。一緒に見てやらないと拗ねるんですよ」
「可愛すぎるんだけど翠ちゃん……」
顔を綻ばせる来花だったが、はっと気づいて「じゃなくてさ!」と会話の流れを変える。
「ってことは最近のアニメとかよく見てるってこと?」
「そうですね。割と見てる方だと思いますけど」
もしかして何か気になるアニメでもあったのだろうかと、緑は少し背筋をざわざわさせる。自分が面白いと思っている作品を布教できるチャンスかと身構える緑に対して、来花は目を輝かせて言った。
「じゃあさ! 一緒に夏フェス行かない⁉」
「……なんで?」
話が急に飛躍しすぎて頭がついて行かない緑。わくわくした顔の来花だったが、緑にとって夏フェスとは、人生の勝ち組が音楽に合わせて脂質と糖質とアルコールとドラッグを踊りながら体に流し込むイベントだ。絶対に行きたくない。
「夏フェスってあれですよね……反社のイベントですよね」
「え、印象悪……全然違うけど」
露骨に嫌そうな顔をする緑に驚く来花。反社はちょっと言い過ぎたかもしれない。
「でも僕は最近のバンドとか全然知りませんし、夏フェスなんて正直陰キャには縁遠いイベントですからあんまり……」
「いやいやそうでもないんだって。えっと……これとかこれとか」
そう言いながら来花はスマホをスクロールし、アプリ上のプレイリストの曲をいくつか見せてくる。
「この曲って緑知ってる?」
「そりゃ勿論。全部覇権アニメのテーマ曲ですから」
「規模の大きいフェスってこういうアニメタイアップの曲滅茶苦茶出てくるし」
「え?」
話が変わってきた。
「キラーチューンだからね。知ってる曲が出ると皆テンションが上がるからアーティスト側もめっちゃ歌ってくれるんだよね。大音量、骨まで響く重低音……どんなイヤホンにも出せない超ド迫力の演奏を生で」
「ド迫力……」
「アタシはアニメの事はあんまり分かんないけどさ、自分が普段から聞いてる曲が目の前で演奏された時のテンションの上り具合って尋常じゃなくて……アニメが好きなオタクほど夏フェスは楽しめるっていうかさ」
「オタクほど楽しい……」
「アタシは結構音楽が好きなんだけど、フェスの楽しさって異次元でさ。勿論飲食の楽しみとかもあるけど、好きな音楽に夢中になってる間って世界の全てが音楽に塗りつぶされて最高なんだよね。緑はアニメ好きだし知ってる曲を目の前で最高の演奏されたら……多分ぶっ飛ぶよ?」
「ぶっ飛ぶ……」
「想像してみて緑……会場に着くなり出迎えてくるスネアドラムの重低音。高まる期待、抜けるような青い空、そこに浮かぶ雲を吹き飛ばすようなすんごい演奏……しかもただの演奏じゃない、緑が普段から聞いてる大好きな曲が最高の音響で……」
そこまで言ったところで来花が「あ!」と何か思い出したように声を上げた。
「やばい明日提出のプリント学校に忘れてた! ちょっとアタシ取りに行ってくるから先に帰っててもらっていい⁉」
「……あ、はい」
「んじゃ後でね!」
そう言って来花は急いでその場を走り去る。しかし緑の頭の中には異常なまでに熱を帯びた夏フェスのイメージが、バチバチと火花を散らして広がり始め、気が付いた時には体が動きだしていた。
買わなければならない食料品を物凄いスピードで買い物かごにぶち込んで無人レジへ。残像が出来る程の速度で清算を終えるとマイバッグに買った物を叩き込んで店を出る。
十分後、家のドアを開けるとちょうどアイスを食べている翠とかち合った。
「おーお帰りおに――」
「翠! オタクこそ夏フェスに行くべきなんだ! なあオイ! 夏フェス行こう! なあなあなあなあ!」
「え、何⁉ 怖い怖い怖い怖い!」
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