空飛ぶクルマのその先へ 沈む自動車業界盟主と捨てられた町工場の対決

水無月はたち

第1話 プロローグ


「プロペラを使ってない?」

「はい」

「これが空飛ぶクルマだと?」

「はい」

(うそだろ・・・)

 作業場の一角に浮いていたシルバーメタリックのスマートボディ。

 これを見た時、ネクスト・モビリティ社社長、徳田稔(とくだみのる)はしばらく言葉を失った。そのSF映画に出てきそうなカッコいい物体が、空飛ぶクルマだと目の前の男は言うのだ。

(信じられん・・・)

 だからつい、ツナギ服のその男を睨みつけ言ってしまった。

「この工場はハイブリッドエンジンのパーツを作っていたのではないのか?」

「ええ。でも昔のことです」

 町工場がどうしてこんなものを造れたのか、稔には理解できなかった。

「おもちゃじゃないのか?」

 男は言った。

「乗ってみますか?」

「の、乗れるのか?」

「もちろん」

 その物体がゆっくりと地面に降りてくる。男の背後で妻らしき人物が何かを操作していた。

 腹部から4つの車輪が出てきた。地面に接地したところで後部の搭乗ハッチが開いた。

「どうぞ」

 ツナギ服の男が手招きする。稔は促されるまま搭乗口に足を載せた。背後でハッチが閉まる。

 機内は思ったより広かった。前に操縦席があり、ゲーム機のようなスティックがひとつ突き出ていた。

 女の声が機内で響く。

「そこにあるスティック、静かーに引っ張ってみてください」

(静かに引っ張る?)

 前後左右ではなく、引っ張ると言われて稔はスティックを人差し指と中指で挟んで恐る恐る持ち上げてみた。

 すると、次の瞬間、機体がゆっくりと浮上した。

 稔は身を固めた。怖いというのではない。想像できないことが起き身体が硬直したのだ。この感覚は初めてディズニーランドのダンボに乗った時のあの興奮に似ている。

 スティックをゆっくりと右に動かすと機体は同じように右に移動した。まるでゲームの中に自分がいて舞っているかのようだった。


 機体から降りて、稔は男に尋ねた。

「なぜ浮く?」

 シンプルな問いだった。どこにもプロペラらしきものは見当たらなかったし、エンジン音も聞こえなかった。

 すると男はポケットからある物を取り出した。

「これです」

 稔が目にしたのは小さな黒い石。それは怪しく光っていた。

 稔の表情が曇る。

「俺が聞いているのはどんな力でこの浮力を生み出しているかということだ」

「ですから、これです」

「なんなんだ、その石!? それがどう関係あるんだ!」

 男はニタリと笑った。

「よく見ててください」

 石を掴んでいた手を開いて石から引っこ抜いた。

 次の瞬間、落下するはずの石が浮いていた。

「な、なにい!!」

 稔の瞳が黒い石にくぎ付けになる。

「な、なんでだ?」

「説明すると長くなります」

 稔はまだ信じていない。

「見えない台か糸でもあるんだろ、どうせ」

「では、お好きなだけご検分を」

 男は稔に自分が立っていた場所を譲った。

 稔は浮いている石のそばに近寄り、石の周りをぐるぐると手探りするが、何も支える物はない。

「手品じゃないのか?」

「現実です」

「いったい、なんなんだこの石は?」

「触ってみてください」

「いいのか?」

「どうぞ」

 稔が石に触れたところ、軽く触っただけなのに弾けるように水平に飛んでいった。

「な、なんだ!」

 石は工場の壁にぶち当たりまたこちらへ戻ってくる。まるでピンボールのように。

「たった、これだけの力で?」

「そうです。たったそれだけの力で飛んでいきます」

 男が飛んでいた石をキャッチした。男の手を見つめて稔が呟く。

「その石の正体、なんなんだ?」

 男は言った。

「重力遮断物質(じゅうりょくしゃだんぶっしつ)」

「じゅうりょく、しゃだん?」

 稔が首を振る。

「あり得ん、理論上、存在しない」

「でも、存在したんです」

「し、信じられん・・・」

 稔は震えながら呟いた。

(モビリティが根底から変わるかもしれん・・・)




<ペンネーム>

水無月はたち


<経歴>

1964年 大阪府豊中市生まれ

同志社大学経済学部卒業

現在 某大学勤務


<筆歴>

2023年4月 『戦力外からのリアル三刀流』(つむぎ書房)発刊

2024年3月 『空飛ぶクルマのその先へ 〜沈む自動車業界盟主と捨てられた町工場の対決〜』(つむぎ書房)発刊←


2024年7月 『ガチの親子ゲンカやさかい』(つむぎ書房)発刊

2025年7月16日 『いまじゃ 殺れ 信長を』(つむぎ書房)発刊予定 




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