いつか、家族になるまで
舞夢宜人
第1話 夏の予感、幼き日の残像
真夏の太陽が、容赦なく鈴木家のリビングの窓から降り注いでいた。午前中の爽やかな風はどこへやら、午後の陽射しはまるで地表のあらゆる熱を吸い上げているかのように、淀んだ熱気を部屋いっぱいに満たしている。冷房の効いた室内でも、肌には微かに汗が滲み、薄手のTシャツが背中にじっとりと張り付く。中学三年生の鈴木志保は、机に向かい、開かれた参考書を睨んでいた。その視線の先には、どうにも手強い数学の問題が、嘲笑うかのように居座っている。隣のソファには、大学一年生になったばかりの従兄、鈴木高志が、自分のノートに何かを書き込んでいる。シャープペンシルの芯が紙を擦る、カリカリという微かな音だけが、二人の間に流れる時間の中に溶け込んでいた。高志の存在は、志保にとってあまりにも当たり前のものだった。
高志が鈴木家に下宿するようになって、もう二ヶ月が経つ。大学の敷地内にある学生寮の抽選に外れ、急遽、母の妹にあたる美佐子叔母さん(志保の母)の提案で鈴木家に転がり込んできたのだ。家賃代わりの家庭教師という役割には、当初、高志も志保も、そして両親も、少しばかり気恥ずかしさを感じていた。しかし、鈴木家は高志を温かく迎え入れ、まるで昔から家族だったかのように自然に、高志は彼らの生活に溶け込んでいた。美佐子叔母さんの手料理は実家よりも美味しく、志保の父(伯父さん)は高志を「うちにも息子ができたようだ」と冗談めかしては喜んだ。居心地の良い環境に安堵しながらも、高志は、多感な時期の従妹を預かる責任感を、内心では常に意識していた。
「この問題、どう解くんだっけ? 全然分かんないよ、高兄」
志保が、肘で頬杖をつきながら、開かれた数学の問題集を指差した。その声には、受験を控えた焦りよりも、どこか浮ついた、あるいは漠然とした期待感のようなものが混じっていた。それはまるで、これから始まる未知の何かを予感させる、微かな胸騒ぎのようだった。高志は、一度ペンを置き、志保の指差す先を見た。
「ああ、これはね……」
高志の声は、真夏のうだるような暑さの中でも、どこか涼しげで、志保の心を落ち着かせた。高志の右手は、問題集に広げたノートの上で、解説のためにペンを走らせる準備をしている。志保の右手もまた、自分のノートに計算式を書き込むために、その隣でペンを握りしめていた。美佐子叔母さんが淹れてくれた麦茶のグラスから、微かな水滴がテーブルに滲む。それは、夏の暑さを物語るささやかな証拠だった。冷たいグラスの表面を指でなぞると、ひんやりとした感触がわずかな慰めをもたらした。
リビングの奥、キッチンからは、美佐子叔母さんが夕食の準備をする、包丁の軽快な音がかすかに聞こえてくる。トントン、というリズムは、鈴木家の平和な日常を象徴しているかのようだ。美佐子叔母さんは、40歳前後とは思えないほど若々しく、娘の志保と並んで歩けば、姉妹に見間違えられることも少なくない。きめ細かな肌はハリがあり、すらりとした手足は志保のそれとよく似ている。特に、笑う時の目元や口元は志保そっくりで、高志は時折、二人の顔を見比べては、不思議な感覚に陥ることがあった。まるで、志保の未来の姿を見ているかのようだった。
そんな美佐子叔母さんは、高志が下宿を始めてからというもの、娘と甥の関係を、以前にも増して注意深く見守るようになっていた。彼女の表情は常に穏やかで、高志に対しても常に優しく接してくれる。しかし、高志と志保が机に向かって並んでいる時、美佐子叔母さんの視線が、時折、二人の背中に向けられるのを、高志は無意識のうちに感じ取っていた。それは、心配というよりも、何かを確かめるような、あるいは測るような、微かな警戒の色を帯びているように、高志には感じられた。まるで、薄いベール越しに、その奥に潜む何かを見通そうとしているかのように。高志は、その視線を感じるたびに、胸の奥で罪悪感のようなものが芽生えるのを感じていた。まだ何もしていない。そう自分に言い聞かせながらも、志保の成長した身体を意識している自分がいることを、彼は否定できなかった。その意識は、まるで熱を帯びた刃物のように、彼の理性を微かに削り続けていた。
志保は、解けない問題に唸りながら、ふと思いついたように口にした。その言葉は、計算されたものではなく、ごく自然に口からこぼれ落ちたものだった。
「ねぇ、高兄、昔みたいに教えてよ」
その言葉に、高志はペンを止めた。芯が紙に触れる音が止み、あたりに微かな静寂が訪れる。昔みたいに。小学校低学年の頃、高志がまだ中学生だった頃の習慣が、高志の脳裏にありありと蘇る。志保がどうしても問題が解けない時、高志の背中に寄りかかり、抱きしめられるような体勢で、高志がそっと腕を回して、机の上の参考書を一緒に覗き込む。幼い志保にとって、それは高志の温もりを全身で感じられる、特別な勉強の時間だった。温かくて、安心できて、なぜだか頭にすらすらと入っていく、魔法のような時間。それは、二人の間に流れる、世間から隔絶された、ごく自然な親愛の証だった。あの頃は、何の疑問も抱かなかった。ただ、そこに温もりと安心感があるだけだった。
高志は一瞬、眉をひそめた。ためらうように視線を泳がせ、幼い頃のあどけない志保の面影と、目の前の、もう少女と呼ぶにはあまりに成長した従妹の姿を重ねる。ふっくらとした頬は少しだけシャープになり、制服のブラウスの下で、以前は平坦だった胸が、確かな膨らみを持っているのが見て取れる。白いブラウスの生地が、その膨らみに沿ってわずかに張り詰めている。それは、美佐子叔母さんの若々しく、豊かな胸元を彷彿とさせた。その光景に、高志の心臓が不意に大きく跳ねた。それは、まるで、自分の身体が、これまで蓋をしていた何かを、勝手に開け放とうとしているかのようだった。
しかし、志保の大きな瞳が、上目遣いでじっと高志を見上げてくる。その眼差しは、幼い頃の無邪気な甘えだけではない、どこか、まだ名前の分からない、しかし確かな期待が混じり合っていた。抗いがたい、甘い誘い。彼女は、あの日の身体に残った奇妙な余韻の正体を、高志との更なる触れ合いの中で見つけ出したいと、無意識のうちに求めていた。それは、まるで、暗闇の中で微かに灯る光に、手探りで触れようとする子供のような、純粋な好奇心だった。しかし、その好奇心には、隠しきれない熱が宿っていた。
「……仕方ないな」
高志は小さく呟くと、観念したようにソファから立ち上がった。その声は、自分に言い聞かせているようでもあり、目の前の志保に許しを乞うているようでもあった。そして、志保の椅子の後ろに回り込む。高志の大きな影が、志保の小さな身体をすっぽりと覆った。室内の空気が、熱気と共に、微かに変わったような気がした。ぴんと張り詰めた糸のような、しかし甘く蕩けるような空気が、二人を包み込んでいく。冷房の効いた部屋のはずなのに、高志の額には早くも微かな汗が滲み始めていた。
「ほら、おいで」
高志の声に促され、志保は素直に、微かに軋む音を立てた椅子を後ろに引き、高志の膝の上に座った。身体は高志の胸にすっぽりと収まり、志保の背中には高志の確かな体温が、シャツと白い綿のブラジャー越しに押し当てられるAカップの乳房の柔らかさと共に、じんわりと伝わってくる。ああ、この感じ。懐かしい。全身が、高志の温もりに包まれる安心感に浸る。そう思った矢先、志保は胸の奥に、かつてはなかった、しかし心臓を掴まれるような、強い衝動が芽生えるのを感じた。それは、まるで目覚めの予感のように、身体の奥底から蠢く、まだ見ぬ熱だった。幼い頃の記憶が、目の前の現実と混じり合い、新たな意味を持ち始める。
高志の左腕が、志保の左胸側から胴を包み込むように回された。彼の右手は、引き続き参考書とノートの上にあった。志保の左手は、空中に彷徨っていた高志の左手をそっと掴んだ。幼い頃からの慣れ親しんだ、しかし今は何倍も熱を帯びた仕草。志保は、迷いなく、自分の左手で高志の左手を、自身の左胸元へとゆっくりと、しかし確実に導いた。 高志の指が、白い綿のブラジャーのカップの上に、まるで吸い付くように添えられた。その指の先に、志保の心臓の鼓動が、ドクン、ドクン、と直接伝わる。
「この問題、どう解くんだっけ? ねぇ、高兄。私、高兄の傍にいると、心臓の音がよく聞こえるんだ」
志保は、そう言いながら、わざと高志の手を、自分の胸に押し付けるように微かに体重をかけた。高志の掌に、自分の心臓のドクンドクンという鼓動が、熱と共に鮮明に伝わっていくのが分かった。それは、今まで感じたことのない、甘く、そして恐ろしい感覚だった。自分の中で何かが変わり始めている。その予感に、身体の奥が粟立った。志保の吐息が、高志の首筋を微かにくすぐる。その熱い息が、高志の肌にじっとりと湿り気を帯びさせ、彼の身体を内側から燃え上がらせる。
高志は、志保に導かれるまま、彼の左手は志保の左胸を包み込んだ。高志の掌は、指先まで含め、志保のAカップの乳房の形を確かめるかのように、ゆったりと、しかし確かな力で、包み込むように動いていた。 それは、まさしく、乳房を「揉む」ような、緩やかで、しかし志保の心を揺さぶる動きだった。高志の親指の付け根が、ブラジャーの生地越しに、乳房の先端を微かに刺激するように触れる。高志は、その柔らかさと、そこから伝わる生命の脈動に、自身の理性が薄れていくのを感じていた。頭では「いけない」と叫ぶ声と、本能的に「もっと」と求める声が激しくせめぎ合っていた。彼の身体は、志保の温もりと、その柔らかな感触に、抗いがたく反応し始めていた。股間には、微かな熱が宿り始めている。
志保の体は、瞬間的に硬直した。心臓がドクンと大きく鳴り、まるで体中に警報が鳴り響くようだ。しかし、その警報は、恐怖ではなく、甘い期待を伴っていた。ブラジャー越しに感じる乳房の柔らかな感触。高志の手のひらの熱が、生地を隔てて、じわじわと肌に染み渡る。乳房の先端が、その熱に反応するように、微かに硬くなるのを志保は感じた。それは、羞恥心からくるものなのか、それとも別の、まだ知らない感情の芽生えなのか、志保には判断できなかった。ただ、その感覚に、身体の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。息が、微かに、そして不規則に乱れ始める。喉の奥がカラカラに渇き、唾を飲み込む音さえ大きく聞こえるようだった。全身の毛穴が開き、肌がざわりと粟立つ。視界が、微かに揺らぐような錯覚に陥る。
高志は、その志保の緊張と、身体の変化に気づいているのだろうか。彼は何も言わないまま、淡々と解説を続ける。その声は冷静そのもので、志保の体で起きていることとは無関係なようにすら思えた。それが、志保をさらに混乱させた。もしかして、高志にとっては、この行為は何でもないことなのだろうか? あるいは、自分と同じように、この「異常」な状況に気づきながらも、平静を装っているのだろうか? 高志の左手が、志保の乳房を包む力を、僅かに強めたような気がした。その僅かな圧力の変化が、志保の身体を甘く震わせた。背中に当たる高志の胸の鼓動も、志保自身の心臓の鼓動と同じくらい速く、そして強く響いている。彼も、自分と同じように興奮している。その事実に、志保の身体は、抗いがたい熱を帯びていった。
志保は、自分の胸が、高志の大きな掌の中で、かすかに脈打っているのを感じた。その脈動は、自分の心臓の鼓動と共鳴しているかのようだ。彼の手のひらの熱が、ブラジャーの生地を隔てて、じわじわと肌に染み渡る。乳房の先端が、その熱に反応するように、微かに硬くなるのを志保は感じた。それは、羞恥心からくるものなのか、それとも別の、まだ知らない感情の芽生えなのか、志保には判断できなかった。ただ、その感覚に、身体の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。その温もりは、まるで身体の中心から広がるように、全身を包み込み、微かな痺れをもたらした。
リビングの空気は、熱気と共に、以前とは異なる、張り詰めた緊張感を帯び始めていた。美佐子叔母さんがキッチンから漏らす、包丁の音が、なぜか遠く、そして鈍く聞こえる。皿が重なる音、水が流れる音。それは、日常の音のはずなのに、今の二人にとっては、まるで別の世界から聞こえてくる異音のように感じられた。二人の間に存在する、目に見えない、しかし確かな変化。それは、誰もが気づかないうちに、しかし確実に、鈴木家のリビングの空気そのものを変容させていた。夕焼けの光が、部屋の隅の家具の影を長く伸ばし、二人の姿を飲み込むように広がっていく。
「分かった?」
高志が唐突に問いかけた。その声は、なぜか普段より少し掠れて聞こえた。志保は慌てて顔を上げるが、目の前の参考書の内容は全く頭に入っていない。熱を持った視線が、高志の顔を捉える。高志の瞳は、いつもと変わらないように見えるが、その奥に、微かな動揺と、抑えきれない何かが潜んでいるのを、志保は感じ取った。それは、高志が「平静を装っている」ことの、何よりの証拠だった。彼の額には、微かに汗が滲んでいるのが見えた。喉仏が、ゴクリと上下したのが分かった。
「あ、うん……た、たぶん……」
志保は、声が上ずるのを必死で抑えた。喉が張り付いたように乾いている。高志は小さく息を吐き、「もう少しだね」と呟くと、さらに志保を奥へと引き寄せた。すると、高志の左腕はさらに深く志保の胴体を包み込み、左乳房はさらに強く、彼の掌に押し付けられた。志保の身体は、微かに震え、全身の肌が粟立つのを感じた。その振動は、高志の身体にも伝わっているはずだ。二人の間に、目に見えない強固な結びつきが生まれたかのようだった。それは、温かく、甘く、そして、決して公にはできない秘密の約束のように感じられた。
その日の勉強が終わる頃、志保は心身ともに疲弊していた。身体はどこか甘く痺れ、内側から熱がくすぶり続けているようだった。幼い頃からの安心感とは異なる、新たな、しかし抗いがたい感覚が、全身に染み渡っていた。それは、まるで新しい自分の一部になったかのように、志保の意識を支配していた。高志はいつもと変わらない様子で「お疲れ様」と声をかけ、椅子を元の位置に戻した。彼の表情は、相変わらず穏やかだったが、志保は、その瞳の奥に、同じような疲弊と、そして微かな高揚感が宿っているのを感じ取った。二人の間には、言葉にならない、しかし確かな共犯関係が芽生え始めていた。
「ありがとう、高兄」
志保は、精一杯の笑顔を作って振り返った。高志は、その無邪気な笑顔に、微かに目を細めただけだった。しかし、志保の脳裏には、高志の掌の感触と、乳房に感じた「異常」な温もりが、鮮明に焼き付いていた。それは、忘れられない、そして、もう一度体験したいと願ってしまうような、甘美な記憶となっていた。そして、それは、単なる甘えではない、より深く、未知の扉を開く予感に満ちていた。高志の温もりを求めていたのは、もはや幼い自分だけではなかった。
キッチンからは、美佐子がリビングの様子を窺うような視線を送っていた。その眼差しは、穏やかさの中に、わずかな不安の色を浮かべているように見えた。二人の間に流れる空気は、確かに、以前とは決定的に異なっていることを、志保は、漠然とではあるが、感じ始めていた。夏休みの終わりを告げるセミの声が、一層けたたましく響き渡る。それは、まるで、二人の関係が、もう元には戻れないことを、警告しているかのようだった。あるいは、新たな物語の始まりを告げる、静かなファンファーレのようにも。夕暮れの光が、リビング全体を、秘密めいた色合いに染め上げていた。
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